昭和の大女優・淡路恵子さん。華やかな女優人生の裏には、想像を絶する母としての苦悩が隠されていたんですね。
特に四男の萬屋吉之亮さんについては、あまり語られることがなかった壮絶な物語があります。私も芸能界の息子さんの話は時々耳にしますが、これほど胸が痛くなる話はないと思うんです。
今回は淡路恵子さんの四男について、彼が歩んだ短い人生と母との関係を振り返ってみたいと思います。きっと多くの方が知らなかった真実に驚かれることでしょう。
淡路恵子の息子・四男萬屋吉之亮の芸能界デビュー
萬屋錦之介の息子として生まれた宿命
淡路恵子さんの四男・萬屋吉之亮さん(本名:井田哲史)は、1974年に生まれました。父親は時代劇の大スター・萬屋錦之介さんですから、まさに芸能界のサラブレッドですよね。
吉之亮さんは6歳の時に萬屋希之照の名前で歌舞伎俳優として初舞台を踏みました。小さな頃から父の背中を見て育った息子として、芸能界への道は自然な流れだったのかもしれません。
その後、1997年にNHK大河ドラマ「毛利元就」に出演し、1999年25歳の時に浅茅陽子さん主演で美空ひばりの生涯を描いた舞台「美空ひばり物語・不死鳥ふたたび」では父親の萬屋錦之介さんの若い頃を演じました。父の若い頃を演じるなんて、きっと特別な思いがあったでしょうね。
両親の離婚が人生の転機となった悲劇
しかし、吉之亮さんの人生は1987年に両親が離婚したことで大きく変わってしまいます。当時まだ13歳だった彼にとって、両親の離婚がどれほどショックだったか想像に難くありません。
両親が離婚した頃から精神が不安定になり学校でいじめを受けて高校を中退しフリーターのような生活を送っていたというんですから、本当に可哀想です。家庭環境の変化が子供に与える影響って、私たち大人が思う以上に深刻なんですよね。
芸能界の二世として注目される一方で、家庭の問題に苦しむ普通の少年でもあった吉之亮さん。華やかな世界とは裏腹に、心の支えを失った状態だったのです。
私自身も離婚を経験した友人の子供を見ていて思うのですが、子供って親が思っている以上に敏感に家庭の変化を感じ取るんですよね。特に多感な時期だっただけに、吉之亮さんの心の傷は深かったと思います。
淡路恵子の四男が抱えたアルコール依存症の苦しみ
アルコールと薬物に逃避した青年時代
高校を中退した吉之亮さんは、その後アルコール依存症になって飲酒をして暴れるなどし、躁うつ病も患いました。正直、この流れを見ていると本当に胸が痛くなります。
酒を飲んでは暴れ、母・淡路に手を上げることもあったというんですから、淡路さんがどれほど苦しんだか想像できますよね。愛する息子から暴力を受ける母の心境って、考えただけで涙が出そうです。
淡路さんからは夜中に何度も『小林さん、助けて』と電話が入って、マネージャーさんが駆けつけると酒を飲んで酩酊し、ナイフを手に母親の前で暴れる哲史さんがいたというエピソードも残されています。これは本当に壮絶ですね。
更生への願いと度重なる挫折
更生のために住み込みで京都の寺で働き始めるも、2004年1月に酒代欲しさに仏具を盗んで逮捕され懲役1年6ヶ月執行猶予3年の有罪判決を受けます。お寺での修行という形で立ち直ろうとしていたのに、結局アルコールへの欲求に負けてしまったんですね。
さらに衝撃的なのは、同年5月に淡路の自宅に侵入、金品を物色中に通報で駆けつけた警視庁麻布警察署署員に、住居侵入などの疑いで逮捕されたことです。実の母の家に泥棒に入るという行為は、もはや普通の精神状態ではなかったということでしょう。
アルコール依存症は病気であり、本人の意志だけでは克服が困難。家族もまた被害者であることを理解する必要があります。
この時の淡路さんの決断が、また涙を誘うんです。普通なら「家族の問題だから」と内々で済ませたいところですが、淡路さんは違ったんですね。
息子を通報した淡路恵子の苦渋の決断
愛する息子を自ら警察に突き出した母の思い
「親子だからと簡単に済むと思われては本人のためにならない。私が警察に何としても逮捕してくださいとお願いした」という淡路さんの言葉が、すべてを物語っています。これって、母親としては本当に辛い選択だったと思うんです。
『家庭内の問題だ』という警察に対して、『とにかく逮捕してください』と朝までずっとお願いしていたというエピソードからも、淡路さんの必死さが伝わってきますよね。息子の将来を思うからこその厳しい愛だったんでしょうね。
立ち直らせるため何としても逮捕してほしかった。もう2度と会わないと記者会見で涙ながらに語った淡路さん。当時のニュースを見ていた人も多いと思いますが、母親がこんなことを言わなければならない状況って、どれほど追い詰められていたかわかりますよね。
絶縁宣言後の6年間という長い空白
その結果、前犯と合算され、懲役2年の実刑となった吉之亮さん。淡路さんは「更生するまでは会わない」と決めていたそうです。当初、哲史くんが刑務所から出てきたときに、淡路さんは『私はサトちゃんには会いたくない』っておっしゃったんですと、マネージャーさんが証言しています。
でも最終的には、「サトちゃん、一生懸命頑張って、何かあったら小林さんに相談して、バイトをして、お母さんにコーヒーの一杯でもご馳走できるようになったら声をかけてね。それまでお母さん、元気でいるからね」という言葉をかけたんです。この優しさがまた切ないですよね。
私も母親として思うのですが、どんなに息子が悪いことをしても、心の底では会いたくて仕方なかったはずです。母としての愛情と厳しさの間で葛藤していた淡路さんの気持ちを考えると、本当に胸が詰まります。
四男の自殺と淡路恵子の深い悲しみ
36歳という若さで選んだ最後の道
2010年6月16日夜、新宿区の自宅マンションで死亡しているのを、訪ねた知人によって発見された吉之亮さん。ドアノブにビニールの紐をつなぎ、正座状態で体重をかけて首を吊っていたという状況からも、彼の苦しみがどれほど深かったかがわかります。
遺書はなかったが、うつ病を患っていたことから自殺とみられているとのことですが、最後まで何を思っていたのか考えると涙が止まりません。母に会えないまま人生を終えた息子の心境を思うと、本当に胸が張り裂けそうです。
実は最近、吉之亮さんが更生の兆しを見せ、淡路さんも久しぶりに会う約束をしていた矢先の出来事でした。再会への希望が見えた直後だけに、余計に悲劇的です。
淡路恵子は再婚で、三男四男は中村錦之助との間にできた子供。三男は、四男が16歳の1990年に交通事故死していることを考えると、淡路さんにとって錦之介さんとの間の息子2人を両方とも失ったことになるんですね。これは本当に過酷すぎます。
息子の葬儀に出席できなかった母の心境
淡路は来月出演する舞台のけいこを理由に出席しなかったという報道もありますが、実際には淡路恵子さんは冷静ですね。ご遺体にも一度も対面しないまま・・・葬儀にも出られなかったとかという状況だったようです。
これについて「女優は、子供なんて産むもんじゃないわね。錦之介さんとの間の子供2人だけいなくなって、何かの因縁かしら」と淡路さんが漏らしていたという証言もあります。女優として生きた自分への悔恨の念が込められた言葉ですよね。
さらに「向こうに行ったら、サトちゃんを引っぱたいてやるのよ」という言葉も残されています。これって、どうして親より先に逝くような親不孝をするの、という怒りと同時に、今度こそ母親として子供をちゃんと叱り、育てたい、そんな淡路さんなりの愛情表現だったのかもしれませんね。私も母親として、この気持ちがすごくよくわかります。
まとめ
淡路恵子さんの四男・萬屋吉之亮さんの人生は、本当に切なくて胸が痛くなる話でした。芸能界のサラブレッドとして生まれながらも、両親の離婚という家庭環境の変化が彼の人生を大きく狂わせてしまったんですね。
アルコール依存症に苦しみ、ついには母親の家に泥棒に入るまでになってしまった吉之亮さん。でも淡路さんが息子を警察に突き出したのも、愛しているからこその厳しい判断だったと思うんです。私たち母親は、時には心を鬼にして子供のためを思って行動しなければならないこともありますからね。
最後まで再会を果たすことができず、36歳という若さでこの世を去った吉之亮さん。そして息子を2人も失った淡路さんの深い悲しみ。この話を通して、家族の絆の大切さと、愛する人を支えることの難しさを改めて感じました。きっと天国で、今度こそ親子水入らずで過ごしていることを祈っています。
