みなさんは、世界的ピアニストの辻井伸行さんの母親がアナウンサーをされていたことをご存知でしたか?私も最初知った時は「なるほど!だから話すのが上手なんだ」って納得しました。息子さんの成功の陰には、お母さんの支えがあったんですよね。
辻井いつ子さんは、1960年東京生まれ。東京女学館短大を卒業後、フリーのアナウンサーとして活躍されていました。1986年に産婦人科医の辻井孝さんと結婚し、88年に長男・伸行さんが生まれます。でも、生後まもなく伸行さんが全盲であることがわかったんです。
当時のいつ子さんの心境は想像を絶するものでしたが、持ち前のポジティブさで乗り越えていくんです。「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに、手探りの子育てをスタート。生後8カ月で伸行さんの音楽の才能を見つけてからは、プロのピアニストを目指して二人三脚で歩まれました。
今回は、そんないつ子さんの子育て哲学や現在の活動について詳しくお話ししていきますね。きっと子育て中のお母さんたちにも参考になる部分がたくさんあると思います!
辻井伸行の母いつ子さんがアナウンサーとして活躍していた頃
フリーアナウンサーとしてのキャリア
辻井いつ子さんは、東京女学館短期大学を卒業後、フリーのアナウンサーとして活躍されていました。1960年生まれということは、80年代にアナウンサーのお仕事をされていたんですね。当時からきっと、今と同じように明るくハキハキした話し方をされていたんだろうなと思います。
フリーアナウンサーって、本当に実力の世界ですよね。私の友人にもアナウンサーを目指していた子がいましたが、話し方だけでなく、一般常識や表現力、とっさの判断力なども求められる厳しい世界だと聞きました。いつ子さんがその世界で活躍されていたということは、相当な実力をお持ちだったんでしょうね。
そんなアナウンサーとしての経験が、後の子育てや講演活動にも大きく活かされることになるんです。人前で話すことの専門家だったからこそ、伸行さんとのコミュニケーションも上手に取れたのかもしれませんね。
結婚と新しい人生のスタート
1986年、いつ子さんは産婦人科医の辻井孝さんと結婚されました。お医者さんとアナウンサーってすごく素敵なカップルですよね!きっと知的で会話も弾む、理想的なご夫婦だったんだろうなって想像してしまいます。
結婚後2年で伸行さんが誕生するのですが、この時点ではまさか息子さんが世界的なピアニストになるなんて想像もしていなかったでしょうね。でも、後から振り返ると、アナウンサーとしての表現力とお医者さんの論理的思考力を両親から受け継いだ伸行さんが、音楽という分野で才能を開花させるのは必然だったのかもしれません。
辻井伸行と母のアナウンサー経験が生んだ特別な絆
全盲診断と母の決意
1988年に生まれた伸行さんですが、生後まもなく「小眼球症」という原因不明の障害により全盲であることがわかりました。いつ子さんは当初、絶望と不安に包まれたそうです。どんなお母さんでも、まずはショックを受けるのは当然ですよね。私も子供を育てているので、その気持ちが痛いほどわかります。
でも、いつ子さんはここからが違いました。たくさんの本を読み漁る中で、福澤美和さん著「フロックスは私の目」という本に出会います。視力障害があっても人生を大いに楽しんでいる人がいることを知り、考え方を180度変えられたんです。アナウンサーとしての情報収集力と判断力が、ここで活かされたんですね。
「この子が幸せに暮らしていくためには、1つでも自信を持てることを身につけて欲しい」というのが、いつ子さんの子育ての原点になりました。本当に素晴らしいお母さんだと思います。
生後8カ月での音楽的才能の発見
転機は伸行さんが生後8カ月の時でした。いつ子さんが鼻歌を歌っていると、赤ん坊だった伸行さんがおもちゃのピアノで音を拾い始めたんです。同じ曲でも演奏者が違うと機嫌で示すほどの鋭敏な聴覚を持っていることがわかりました。
「親バカでいい」と話すいつ子さん。それこそが「子どもの才能を発見する」秘訣だとおっしゃっています。アナウンサー時代に培った観察力と表現力で、息子さんの小さな変化も見逃さなかったんでしょうね。周囲からは視覚障害のある子にピアノを習わせるのは難しいと言われましたが、「本人が楽しければ私はそれをそばで応援したい」という気持ちで支え続けたそうです。
この時期のコミュニケーションって本当に大切だと思います。アナウンサーとしての経験で、言葉や音に対する敏感さを持っていたいつ子さんだからこそ、伸行さんの音楽的才能にいち早く気づけたのかもしれませんね。
アナウンサー出身の母が実践した独自の子育て法
「明るく、楽しく、あきらめない」の子育て哲学
いつ子さんの子育てのモットーは「明るく、楽しく、あきらめない」でした。これってアナウンサーの基本姿勢にも通じるものがありますよね。どんな状況でも明るく、聞いている人を楽しませ、決してあきらめない。まさに放送の現場で培われた精神力が子育てに活かされたんだと思います。
具体的には、つねに子どもの可能性を信じ、よく見て、ほめる「親ばか」の子育てを実践されました。育児書や子育てマニュアルが全く役に立たない状況から、手探りで子育てをスタートしたというのが本当にすごいです。私も子育て本にはずいぶんお世話になりましたが、結局はその子に合った方法を見つけることが一番大切なんですよね。
伸行さんがやりたいと言ったことは、ピアノに限らず水泳やスキーなど、何にでも挑戦させたそうです。障害があるからと可能性を狭めるのではなく、むしろ積極的にいろんなことに挑戦させる姿勢が素晴らしいと思います。
二人三脚での成長過程
伸行さんのピアノレッスンは、先生に自宅に来てもらうところから始まりました。7歳で全日本盲学生音楽コンクール第1位、10歳でオーケストラとの共演デビュー、そして2009年にはヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初の優勝という快挙を成し遂げるまで、いつ子さんは常に伸行さんのそばで支え続けました。
アナウンサー時代のスケジュール管理能力や、人とのコミュニケーション能力が、ここでも大いに発揮されたんでしょうね。海外のコンクールに挑戦する時も、現地でのやり取りや情報収集など、いつ子さんの存在は本当に大きかったと思います。
現在のいつ子さん:アナウンサーとして再び活躍
講演活動とメディア出演
伸行さんが世界的なピアニストとして活躍するようになった現在、いつ子さんも再びアナウンサーとしての活動を活発化させています。全国各地での講演活動では、子どもの才能の引き出し方や伸ばし方について話され、会場は常に満席だそうです。
「徹子の部屋」への親子出演も話題になりましたよね。テレビで拝見したいつ子さんは本当に美人で、話し方も聞きやすくて、「さすが元アナウンサー!」って思いました。子育て世代から高齢者まで幅広い層の聴衆が感動の涙を流すという講演の様子を想像すると、きっと心に響くお話をされているんだろうなって思います。
現在はTBSラジオで「ミキハウス presents 辻井いつ子の 今日の風、なに色?」というラジオ番組のパーソナリティも務められています。アナウンサーとしてのキャリアが、こんな形で再開されるなんて素敵ですよね。
著書と子育て支援活動
いつ子さんは多くの著書も出版されています。『今日の風、なに色?CDブック』『のぶカンタービレ!』『親ばか力~子どもの才能を引き出す10の法則~』など、どれも子育てに悩むお母さんたちの参考になりそうな内容ばかりです。私も機会があったら読んでみたいと思います。
特に注目したいのが「辻井いつ子の子育て広場」というサイトの開設です。子育てに悩む親御さんが集まって意見交換できる場所を提供されているんですね。同じような悩みを持つ親同士がつながれるのって、本当に心強いと思います。私も子育てで悩んだ時は、ママ友との会話に救われることがよくありました。
いつ子さんの活動を見ていると、自分の経験を社会に還元しようという気持ちが強く伝わってきます。アナウンサーとしての情報発信力を使って、多くの人の役に立ちたいという思いが素晴らしいですね。
まとめ
辻井伸行さんの母・いつ子さんの人生って、本当にドラマティックですよね。元フリーアナウンサーとしての経験が、息子さんの子育てに大きく活かされたのがよくわかりました。「明るく、楽しく、あきらめない」という姿勢は、アナウンサーとしての基本でもあり、子育ての基本でもあるんですね。
私が特に感動したのは、息子さんが全盲だとわかった時に絶望から立ち直り、逆に可能性を信じて支え続けたところです。アナウンサーとしての情報収集力や判断力、コミュニケーション能力が、こんな形で子育てに活かされるなんて思いもしませんでした。生後8カ月で音楽の才能を見つけたのも、きっといつ子さんの鋭い観察力があったからこそですよね。
現在も講演活動やラジオのパーソナリティとして活躍されているいつ子さん。息子さんの成功を支えた経験を多くの人に伝える活動は、本当に価値があると思います。子育て中のお母さんたちにとって、いつ子さんの存在はとても心強いですよね。私も見習いたいことがたくさんありました!
