こんにちは、さくらです!今回は、女優・坂口良子さんの娘として芸能界で活動してきた坂口杏里さんの経歴について詳しくお話しします。
正直、杏里さんの人生って本当に波乱万丈で、私も調べながら「こんなにいろいろあったの?」と驚きの連続でした。1991年3月3日生まれで、母親が女優の坂口良子さん、継父がプロゴルファーの尾崎健夫さんという芸能一家で育った彼女ですが、その後の人生は決して順風満帆ではありませんでした。
2世タレントとして華々しくデビューした後、お母さんの死をきっかけに人生が大きく変わり、様々な職業を経験されています。今回は、そんな杏里さんの幼少期から現在までの経歴を時系列で追いながら、私なりの感想も交えてお伝えしていきますね。みなさんも一緒に彼女の人生を振り返ってみましょう!
坂口杏里の学歴と芸能界デビューまでの経歴
名門校出身だった幼少期と学生時代
杏里さんは成城学園初等学校から成城学園中学校まで通っていました。成城学園といえば、お金持ちの子息が通う名門校として有名ですよね。私も知り合いの子供がそこに通ってるんですが、やはり裕福な家庭の子が多いって聞きます。
でも、杏里さんは子供の頃から極度の勉強嫌いで、小学校時代に「オール1」をとったことがあるというから驚きです!名門校でオール1なんて、本当に勉強が嫌いだったんですね。私も学生時代は決して優秀ではありませんでしたが、さすがにオール1は経験がないので、想像するだけでも大変だっただろうなと思います。
中学校の成績が悪すぎて、系列の成城学園高校には進学できず、芸能人御用達の堀越高校のトレイトコースに進学したそうです。これは当時の杏里さんにとっては挫折体験だったかもしれませんが、結果的には芸能界への道が開かれることになったんですよね。
2世タレントとしての華々しいデビュー
高校3年生の時から本格的に芸能活動を開始して、「さんま御殿」などのバラエティ番組に出演したのがきっかけでした。モーニング娘。に憧れて芸能界入りを決意したということですが、やはりお母さんが有名女優だったので、芸能界への道は開かれやすかったんでしょうね。
母とテレビのバラエティー番組に出演するなど、2世タレントとして活動していた杏里さん。実はそれまではあまりバラエティ番組に出演しなかった坂口良子さんが、娘のために多数出演するようになったというエピソードには、母親の愛情を感じます。私も母親なので、子供のために自分の方針を変えてでもサポートしたいという気持ち、すごくわかります。
高校卒業後は「クイズヘキサゴンⅡ」に出演して、おバカタレントとしても人気を博したんです。当時のバラエティ番組では、おバカキャラが本当に人気でしたよね。杏里さんの天然な発言や明るいキャラクターが、お茶の間に愛されていた時代だったと思います。
タレント活動から女優挑戦までの経歴
バラエティタレントとしての全盛期
2009年〜2012年はバラエティ番組に多く出演していて、母子で出ている番組もありました。この時期が杏里さんの芸能人生の中でも最も華やかだった時期だったんじゃないでしょうか。私もテレビで親子共演を見たことがありますが、本当に仲の良い親子だなという印象でした。
「踊る!さんま御殿!」の芸能界B-1選手権で優勝したこともあるんですね。これは知りませんでした!おバカタレントとして活動していても、バラエティ番組でしっかり結果を出していたということですよね。単純におバカなだけじゃなく、エンターテイナーとしての才能もあったのかもしれません。
でもセブンイレブンのアルバイトの面接に落ちた(計算ができなかったのが理由らしい)というエピソードもあって、やはり勉強面では本当に苦労されていたんだなと感じます。芸能界で活躍していても、一般的な仕事となると難しい部分があったんですね。
映画初主演と舞台への挑戦
2014年、映画『ハニー・フラッパーズ』で映画初主演を果たし、2015年6月には舞台『刀神姫抄-TOUZINKIISHO-』にも挑戦しました。バラエティタレントから女優への転身を図ろうとしていたんですね。これは本当にすごいことだと思います。
私も演技の経験はありませんが、バラエティ番組での自然体な魅力と、演技での表現力って全然違うスキルが必要ですよね。母親の他界後に女優の仕事をやりたい気持ちが芽生えたということなので、お母さんの背中を見て育った影響もあったのかもしれません。
母親の死が彼女の人生観を大きく変えるきっかけになったようですが、この時期はまだ前向きに芸能活動に取り組んでいたんですね。主演映画や舞台への挑戦は、女優としての新たな可能性を模索していた証拠だと思います。
母親の死と人生の転機となった経歴
2013年母・坂口良子さんの死去による大きな変化
2013年に母である坂口良子さんがガンで急死すると、徐々にメディアへの出演が減少していきます。22歳という若さで最愛の母親を失うなんて、想像するだけでも辛すぎます。私も母親との関係は深いので、この時の杏里さんの気持ちを思うと胸が締め付けられます。
大きな後ろ盾を失った坂口さんは芸能界から姿を消しました。お母さんって、杏里さんにとって精神的な支えでもあり、芸能界での重要なサポーターでもあったんですね。母親の存在がどれだけ大きかったかがよくわかります。
2016年3月末、自らの申し出により所属事務所のアヴィラを退所したのも、この母親の死が大きく影響していたんでしょう。事務所側も「後の活動方針については聞かされていなかった」というぐらい、突然の決断だったようです。人生の大きな転機となったのは間違いないですね。
様々な職業への挑戦と波乱の日々
母親の死後、杏里さんは生き急ぐようにさまざまな活動に挑戦し始めました
社会勉強の為に事務所に内緒で六本木のキャバクラで2日間アルバイトしたり、キャバクラ店のホステスとして働きながらANRIの芸名でアダルトビデオの女優や雑誌のヌードモデルとしても活動するようになりました。
私の友人にもキャバクラで働いた経験がある子がいますが、やはり一般社会とは違う世界で、精神的にもかなりタフじゃないと続けられないって言ってました。杏里さんの場合は、母親を失った寂しさや経済的な問題もあったのかもしれませんね。
2018年にはデリヘル店で勤務していることをTwitterで報告するなど、どんどん一般的な芸能活動から離れていってしまいました。当時のSNSを見ていた人たちも、心配していたんじゃないでしょうか。
AV女優時代から現在までの経歴
ANRI名義でのAV女優活動
2016年10月1日、ANRIとして『芸能人ANRI What a day!』でMUTEKIよりAV女優デビュー、同年11月2日には初ヘアヌード写真集を発売しました。これは当時、大きな話題になりましたよね。元2世タレントのAVデビューということで、メディアでも大々的に取り上げられていました。
2015年10月から2018年5月まで、MOODYZなどから複数のAV作品を発表していて、意外と長期間にわたって活動していたんですね。私は詳しくないジャンルですが、この時期は生活のためにも必死だったんだろうなと思います。
2017年9月、芸能界引退を発表したのですが、実際にはその後もYouTuberとして活動を続けているので、完全に芸能界から身を引いたわけではなかったようです。引退宣言って、当時の心境を表していたのかもしれませんね。
YouTuber活動と現在の状況
2019年9月からは再起を図りYouTuberとして活動に取り組むようになりました。YouTube(個人チャンネル)フォロワー2万人ということなので、しっかりとファンベースを築いているんですね。
2022年6月8日に結婚を発表しましたが、8月15日には離婚が成立という短期間での結婚・離婚も話題になりました。夫はトランスジェンダー(元女性)の福島進一さんだったということで、現代的な多様性のある結婚だったんですね。ただ、わずか2か月での離婚は、やはり様々な問題があったのかもしれません。
現在の肩書きは「インフルエンサー」がピッタリで、インスタには美容情報やバーの出勤情報が多くアップされているそうです。今は自分らしいスタイルで活動を続けているみたいで、それは良いことですよね。人それぞれの生き方がありますし、杏里さんなりのペースで頑張ってほしいなと思います。
坂口杏里の経歴から見える人生の教訓
波乱万丈な人生が教えてくれること
杏里さんの経歴を振り返ると、「波瀾万丈」の言葉がぴたりとはまる人生だったことがよくわかります。2019年に発売した自伝には、ホスト狂いや借金苦、自殺未遂など壮絶な出来事も書かれているということで、表に出ていない部分でも本当に大変な思いをされてきたんですね。
私も人生でいろいろな困難を経験してきましたが、杏里さんほどではありません。でも、どんなに辛い時期があっても、立ち直ろうとする強さを持ち続けているのはすごいことだと思います。普通なら心が折れてしまいそうな経験を重ねても、YouTuberとして再出発しているんですから。
特に母親の死という大きな喪失感から、様々な職業を経験して現在に至るまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。でも、それぞれの時期で精一杯生きようとしていた姿勢は評価されるべきだと思います。
現在の活動と今後への期待
2022年3月には芸能界復帰を模索しながら飲食店に従事しているという報道もありましたし、現在も通っているサロンや美容整形の施術結果、割引情報などをSNSに載せているということで、インフルエンサーとしての活動を続けているんですね。
私個人としては、杏里さんには無理をしないで、自分のペースで活動してほしいなと思います。過去にいろいろなことがあったからこそ、今は安定した生活を送ってほしいですし、彼女なりの幸せを見つけてもらいたいなと心から願っています。
YouTubeチャンネルも開設してまもないので、これから成長していく印象だそうですし、新しいスタートを切った杏里さんの今後の活躍に注目していきたいですね。人生って本当にいろいろなことがありますが、どんな経験も無駄にはならないと信じています。
まとめ
坂口杏里さんの経歴について詳しく見てきましたが、本当に波乱万丈な人生を歩んでこられたんですね。名門校出身の2世タレントとして華々しくデビューしてから、母親の死をきっかけに人生が大きく変わり、様々な職業を経験されてきました。
私が一番印象に残ったのは、どんなに辛い状況でも諦めずに立ち上がろうとする杏里さんの強さです。AV女優時代もYouTuberとしての現在も、それぞれの時期で精一杯生きようとする姿勢が伝わってきました。人それぞれ人生のスタイルは違いますし、他人が批判することではないと思います。
今後も杏里さんには、自分らしいペースで活動を続けてもらいたいなと思います。過去の経験を活かして、同じような境遇の人たちの励みになるような存在になってくれたら素敵ですよね。みなさんも、杏里さんの今後の活動を温かく見守ってもらえればと思います。人生はいつでもやり直せるということを、彼女の経歴が教えてくれているような気がします。
