たけし軍団といえば、やっぱり井手らっきょさんですよね!スキンヘッドにあの俊足、そして伝説の裸芸…。でも最近テレビであまり見かけなくて、一体今何をしているのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は井手らっきょさん、2018年から故郷の熊本に拠点を移して、まったく新しい人生を歩んでいるんです!65歳になった今でも元気いっぱいで、熊本でカラオケスナックを経営されているとのこと。でも、それだけじゃないんですよ。
彼の人生を振り返ってみると、野球塾の設立から運営まで、本当に波乱万丈。そして最近では離婚を経験し、一人暮らしの生活について赤裸々に語られているんです。今回は、そんな井手らっきょさんの現在の活動について、詳しく調べてみました。
昔のスーパージョッキー時代の伝説エピソードから、現在の熊本でのお店の様子まで、気になる情報をたっぷりお届けします!正直、私も調べていて「そんなことになってたの?」と驚くことばかりでした。
井手らっきょの現在の活動状況
熊本でのカラオケスナック経営の実態
井手らっきょさんは現在、熊本市内でカラオケスナック「らっきょの小部屋II」を経営されています。お店は席数28席ほどで、営業時間は夜8時から深夜1時まで。特に金曜・土曜日は観光客や団体利用で賑わっているそうです。
驚いたのは、井手さんが必ず店頭に立っていることなんです!本人の接客目当てに訪れるお客さんも多いとのこと。芸能活動などで忙しい日以外は、基本的にお店にいらっしゃるそうで、ファンにとってはとても嬉しいですよね。しかも、井手さん得意の裸芸も時々披露してくれるとか…これは行ってみたくなっちゃいます!
ただ、経営は決して楽ではありませんでした。2020年のコロナ禍では大きな打撃を受け、国からの支援を得ても赤字が続き、人生で初めて銀行から借り入れをするほど厳しい状況に。でも現在は常連客や地域住民の支えで、コロナ前の9割近くまで客足が戻っているそうです。姉が突き出しを作ってくれたり、アルバイトの協力を得ながら、家族ぐるみで店を切り盛りしている様子が素敵ですね。
熊本移住の背景と現在の生活
井手らっきょさんが熊本に戻ったのは2018年のことです。実は熊本地震後、地元テレビへの出演依頼が増えたことが転機だったんです。東京と熊本を往復する生活を続けるより、思い切って移住した方が効率的だと判断されたそう。確かに、その方が地元の仕事に集中できますもんね。
移住後の生活について、井手さんは「若い頃以上に快適」と語っています。熊本の繁華街は活気にあふれ、海や山にも車で1時間ほどでアクセスできる。食べ物は新鮮で安く、家賃相場も東京の3分の1程度。実際に暮らしている自宅も賃貸ですが、駐車場込みで大幅に安く抑えられているそうです。
何より、学生時代の友人や親族が身近にいることが大きな支えになっているとのこと。90歳を超えて健在のご両親とも交流できる日々が続いています。年を重ねると、やっぱり家族や昔からの友人との時間って大切になりますよね。私も両親が高齢になってきているので、井手さんの気持ちがすごく分かります。
離婚と一人暮らしの現実
実は井手らっきょさん、50歳前後の頃に奥様と離婚されているんです。本人は「積もり積もったものがあったのでしょう」と語っていて、長年の積み重ねで関係が終わりを迎えたそう。芸能界で長く活動していると、家庭との両立って本当に難しいんでしょうね。
現在は一人暮らしをされていて、娘さんは実業家と結婚後に離婚を経験し、現在は東京でエステティシャンとして働きながら子育てを続けているそうです。息子さんはラッパーのROOKとして活動中で、時々家族が熊本を訪れる機会もあり、先日は孫たちと天草へ出かけるなど交流を楽しまれています。
ただ、一人暮らしならではの不安もあるようです。夜に一人で眠りにつく時には「もし急に体調を崩したらどうなるのか」という不安を感じることがあると率直に語っています。ここ数年は入退院を繰り返した経験もあり、健康への意識は高まっているそう。それでも「1人は自由で気楽」と話し、掃除や洗濯も自らこなす暮らしを続けています。
井手らっきょの野球塾PBAの現在
マネーの虎で獲得した2270万円の野球塾
井手らっきょさんといえば、バラエティ番組「マネーの虎」での伝説的なプレゼンテーションが有名ですよね。元プロ野球選手による野球塾開校を希望したんですが、最初は堀之内九一郎社長から激しく批判されたんです。でも、井手さんと共に交渉にあたった元プロ野球選手の秦真司さんがその場で実際に素振りを披露したところ、社長たちがとても感動!
「下手な説明よりプロの素振りを見た方がよほど説得力がある」ということで、見事に味方に付けることに成功。小林敬社長から270万円、高橋がなり社長と岩井良明社長からそれぞれ1000万円の投資を受け、2270万円という番組史上最高額のマネー成立を勝ち取ったんです!
当初は神奈川県海老名市に開校予定でしたが、建築基準法の関係で断念。最終的に井手さんの出身地である熊本市にプロフェッショナル・ベースボール・アカデミー(PBA)を2005年5月28日に開校しました。「有限会社裸裸裸(ららら)」という会社名も面白いですよね!井手さんが代表取締役となって運営にあたっていました。
PBAから手を引いた理由と現在の運営状況
プロフェッショナル・ベースボール・アカデミー(PBA)は、実際にプロ野球選手を輩出する実績を上げました。2008年には同校に所属した猪本健太郎選手がドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから3巡目に指名され、初のプロ野球選手となったんです。さらに、なんと村上宗隆選手もPBA出身だというのは驚きですよね!
しかし、時期は不明ですが、井手らっきょさんは既にPBAの運営から手を引いています。運営は別の会社である有限会社西日本物流サービスに引き継がれ、PBAのホームページからも井手さんに関する記事やコメントは削除されています。また、井手さんが設立した有限会社裸裸裸も2017年に閉鎖されました。
現在のPBAは今井校長のもと、古葉名誉顧問、松崎、右田一彦、高野一哉の各コーチが指導にあたっています。井手さんが手を引いた理由については明確にされていませんが、経営面での課題があったのかもしれませんね。それでも、野球界への貢献度は高く、多くの選手を育てた実績は確かに残っています。
井手らっきょの昔の活躍ぶり
モノマネ芸人からたけし軍団入りまで
井手らっきょさんの芸能界デビューは、実はモノマネから始まったんです。西城秀樹の「傷だらけのローラ」の真似をしたのがきっかけで、学生時代には西城秀樹や水谷豊などのモノマネで素人ものまね番組の常連となりました。その才能が注目され、久留米大学を中退して太田プロダクションからデビュー。フジテレビ系「笑っていいとも!」の初期レギュラーにもなったんです。
実は若い頃の井手さん、とってもハンサムだったんですよ!今のスキンヘッドからは想像できませんが、髪の毛もふさふさで、かなりの男前でした。その後脱毛症になりカツラを常用するようになったのですが、たけし軍団の草野球に参加中にビートたけしさんに軍団入りを打診された際、思い切って頭髪を剃ることを提案されたそうです。
「井手ひろし」から「井手らっきょ」への改名も、この時期のエピソードですね。野球の腕前が評価されてのスカウトだったというのも、井手さんらしい話です。モノマネ芸人としてスタートして、最終的にたけし軍団の中でも異色の存在になったのも、彼の多才さを物語っています。
スポーツ万能ぶりと野球への情熱
井手らっきょさんといえば、何といってもそのスポーツ万能ぶりが印象的でした。特に短距離走では100mを10秒89で走る俊足で、「ビートたけしのスポーツ大将」では、なんとソウル五輪100m金メダリストのフローレンス・ジョイナーさんに勝利したこともあるんです!これは本当にすごいことですよね。
野球への情熱もハンパなく、用具へのこだわりも深かったんです。ミズノに硬式野球用特注グラブを投手用、二塁手用、三塁手用、遊撃手用、外野手用、ファーストミットと、なんと計8個も発注していたそう。これって普通の人じゃ考えられないレベルの本格さですよね。
たけし軍団とポップコーンの草野球チームでも主力選手として活躍し、特に1991年11月23日に阪神のファン感謝デーのイベントとして行われたたけし軍団対阪神の試合では最終回に逆転のツーランスクイズを決めたという伝説的なエピソードも!「スポーツ大将」のチャレンジ企画でたけし軍団全員が日本ハムファイターズの入団テストを受けた時も、井手さんのみが合格ラインに到達したほどの実力者でした。
井手らっきょの伝説的エピソード
スーパージョッキーでの過激パフォーマンス
1980年代から1990年代にかけて、井手らっきょさんは「スーパージョッキー」で数々の伝説を作りました。特に「熱湯コマーシャル」での全裸芸は、今考えても本当に過激でしたよね。でも、それ以外にも面白いエピソードがたくさんあったんです。
番組内で歌のゲストにセクシー系の女性アイドル(岡本夏生、杉本彩、飯島愛など)が出演すると、井手さんがブリーフ姿一丁か特注の衣装になって後ろで勝手にダンサーを務めることが名物になっていたそうです。これって今のバラエティ番組では絶対に無理ですよね(笑)。
フライデー襲撃事件でビートたけしさんや他の軍団メンバーが謹慎していた1986年から1987年の間は、つまみ枝豆さん、ラッシャー板前さんと共に「留守番隊」として番組を支えました。この期間の井手さんの奮闘ぶりも、たけし軍団ファンには語り継がれるエピソードです。まさに体を張って笑いを提供していた時代でしたね。
現在も続く「走ることと脱ぐこと」への情熱
井手らっきょさんのInstagramのプロフィールには「走る事と脱ぐ事は誰にも負けない❗」と書かれているんです。65歳になった今でも、その精神は変わっていないんですね。ただ、最近では健康面での不安も正直に語られています。
「テレビから今もときどき走る仕事をいただくのですが、以前のように走ってみなさんに喜んでもらうには、相当練習を積まないとできません」「思いっきり走るとか、もう怖くて…」と、年齢を重ねることの現実も受け入れています。この3年で4度入院の経験もあり、高熱、肺炎と糖尿病と向き合いながらの生活だそう。
でも、体調管理をしながらも、「みなのイメージしている井手らっきょの姿はない、現在の姿は見せたくない!」というプロ意識は健在です。体を鍛えてから裸芸を見せたいという思いがあるそうで、年を重ねてもプロ魂は変わっていませんね。ゴルフや野球、ダーツにモルックなど、競技は変わってもスポーツを続けている姿勢も素晴らしいと思います。
まとめ
井手らっきょさんの現在を調べてみて、本当に多彩な人生を歩まれているなと感じました。たけし軍団時代の華やかなテレビ出演から、野球塾の設立・運営、そして現在の熊本でのスナック経営まで、常に新しいことに挑戦し続けているんですね。
特に印象的だったのは、65歳になっても衰えない向上心と、故郷への愛です。東京での成功を捨ててまで熊本に戻り、地域に根ざした活動を続けている姿勢には本当に頭が下がります。離婚や健康面での不安など、人生の苦労も正直に語られていて、その誠実さも魅力的ですよね。
野球塾のPBAについては、井手さんが手を引いたのは残念でしたが、村上宗隆選手をはじめ多くのプロ野球選手を輩出した功績は確実に残っています。「マネーの虎」での2270万円獲得から始まった野球への貢献は、形は変わっても続いているのかもしれませんね。そして何より、今も「らっきょの小部屋II」で直接ファンと触れ合えることが嬉しいです。熊本に行く機会があったら、ぜひお店に寄ってみたいと思いました!
