松崎しげるさんといえば、日焼けした黒い肌とディナーショーキングとしての活躍で知られていますよね。でも、若い頃の姿を見たことがある人は意外と少ないんじゃないでしょうか?
私も最初は現在の姿しか知らなかったんですけど、調べてみると若い頃の松崎さんは本当にハンサムで驚きました!1970年にデビューした当時21歳の松崎さんは、現在ほど肌が黒くなく、爽やかなイケメンシンガーだったんです。
今回は、そんな松崎しげるさんの若い頃の画像や、音楽活動を始めたきっかけ、そして話題の歳の差婚について詳しくお話ししていきますね。意外な一面もたくさん発見できると思いますよ!
松崎しげるの若い頃の画像と昔の姿
デビュー時代の爽やかなイケメン姿
松崎しげるさんは1970年、21歳の時に「8760回のアイ・ラブ・ユー」でソロ歌手としてデビューしました。当時のジャケット写真を見ると、現在の姿とは全く違う爽やかなイケメンの姿が写っています。
若い頃の松崎さんは色黒ではありましたが、現在ほど肌の色は黒くなく、とても端正な顔立ちをしていたんです。野球をやっていた影響で多少日焼けはしていましたが、今のトレードマークとなっている黒さとは程遠い自然な肌色でした。
髪型もサラサラの黒髪で、当時流行していた長めのスタイル。本当におしゃれでカッコよくて、これが現在の松崎しげるさんだなんて信じられないくらいです!私も最初に画像を見た時は、別人かと思ってしまいました。
野球少年から音楽の道へ転向
松崎しげるさんは小学校時代からガキ大将で、野球に熱中していました。中学時代は野球部のキャプテンを務め、プロ野球選手に憧れて野球に明け暮れていたそうです。
日本大学第一高校に進学後も硬式野球部に所属し、本気で甲子園を目指していました。ところが高校2年生の夏のフリーバッティング練習中に、近くで素振りをしていた先輩のバットが左肩を直撃。約2か月間腕をまともに動かせなくなってしまったんです。
その後日常生活はできるようになったものの、以前より肩が脆くなってしまい、甲子園出場の夢だけでなく野球自体をやめざるを得なくなりました。プロ野球選手の夢を断たれた松崎さんは、しばらく鬱屈した気持ちを抱えながら荒んだ日々を送っていたそうです。
音楽との運命的な出会い
荒んだ日々から抜け出すきっかけとなったのが、ある日の放課後でした。通りかかった教室から友人のギターの音色が聞こえてきたんです。それはブラザース・フォアのフォークソングでした。
友人から「弾いてみるか?」と聞かれた松崎さんは、当時近所のお兄さんに少し教えてもらっていたギターの腕前を披露。その場でポール・マッカートニーの一曲を弾いて見せると、友人がそのままバンドに加入を勧めてくれたんです。
バンド活動にハマった松崎さんは、放課後は友人たちの家を転々と寝泊まりする生活を始めました。この頃から音楽が人生の中心となり、やがて大学時代に「ミルク(ホットミルク)」というバンドを結成することになります。宇崎竜童さんにスカウトされたのもこの時期でした。
松崎しげるの歳の差婚エピソード
3度の結婚と元嫁たちの話
松崎しげるさんは現在まで3度の結婚を経験されています。最初の奥さんは1970年代前半、営業先の赤坂のクラブで出会った1歳年上の女性歌手でした。お互い仕事熱心で、毎晩打ち合わせや飲み会に出かけるため顔を合わせる時間が少なくなり、12年の結婚生活の末に円満離婚されました。
2番目の奥さんは元モデルの蓬田美奈子さんです。1981年、松崎さんが32歳の時に当時18歳だった美奈子さんと結婚し、14歳の年齢差が話題になりました。美奈子さんは絶世の美女と言われ、10年間の結婚生活を送りましたが1991年に離婚。その後、美奈子さんは1997年にB’zの稲葉浩志さんと再婚されています。
松崎さんは元嫁の再婚について「別れた女房がみんな幸せになる」と語り、美奈子さんが稲葉さんと幸せに暮らしていることを誇らしく思っているそうです。本当に器の大きな方ですよね。
現在の奥さんとの23歳差結婚
松崎しげるさんの3度目の結婚は1997年、48歳の時でした。お相手は当時24歳の一般女性・浩代さんで、なんと23歳もの年齢差があったんです!これは芸能界でも話題になった年の差婚でした。
浩代さんは大手百貨店の令嬢で、元商社勤務のエリートキャリアウーマン。出会いは浩代さんがスタイリストのアシスタントとして働いていた現場でした。浩代さんの両親は最初、23歳の年齢差と松崎さんの2度の離婚歴を理由に結婚を反対していたそうです。
しかし松崎さんがご両親や親族一人ひとりを説得し、愛を貫いて結婚に至りました。現在も夫婦仲は良好で、松崎さんは毎年の誕生日や結婚記念日には必ず一緒に食事をし、デートの際は手を繋ぐそうです。本当に素敵な夫婦関係ですよね!
肌の黒さがトレードマークになるまで
現在の松崎しげるさんといえば、何といっても黒い肌がトレードマークですよね。でも実は若い頃からこんなに黒かったわけではないんです。
もともと日焼けしやすい体質だった松崎さんですが、ハワイなどの南国で休暇を取ることが多かったため、その黒さに磨きがかかっていきました。そしてファンからの期待もあって、現在では事務所と自宅の両方に日焼けマシーンを設置してトレードマークの黒さをキープしているそうです。
2015年には9月6日が「松崎しげるの日」として認定され、本人主催の「黒フェス」も毎年開催されています。若い頃の爽やかなイケメンから、現在の個性的なキャラクターまで、時代とともに変化していく姿も魅力的ですよね。
家族を大切にする父親の姿
現在の松崎しげるさんは3人のお子さんに恵まれています。1998年に長男の優輝さん、2000年に長女の愛莉さん、2007年に次女の未空さんが誕生しました。
長男の優輝さんは「松谷優輝」として俳優活動をしており、父親の親友である西田敏行さんに憧れて俳優の道を志したそうです。長女の愛莉さんは父と同じ日本大学藝術学部に進学し、次女の未空さんは現在18歳前後になられています。
子供と一緒にいると父でなく祖父と孫に見られることも多いという松崎さんですが、家では奥さんと2人の娘さんと一緒にキッチンに立って料理を作ることもあるそうです。年間200本以上のディナーショーをこなしながらも、家族との時間を大切にする姿勢は本当に素晴らしいと思います。
まとめ
松崎しげるさんの若い頃の画像を見ると、現在とは全く違う爽やかなイケメンシンガーの姿がありました。野球少年から音楽の道へ転向したきっかけも、怪我という辛い経験があったからこそだったんですね。
3度の結婚を通じて、特に現在の奥さんとの23歳差結婚は話題になりましたが、愛を貫いて家族を築かれた姿は本当に素敵です。元嫁の美奈子さんが稲葉浩志さんと再婚したことも、松崎さんが温かく見守っているエピソードには心が温まりました。
若い頃の端正な顔立ちから現在のトレードマークである黒い肌まで、時代とともに変化していく松崎しげるさんの魅力。75歳になった今も年間200本以上のディナーショーをこなしながら、家族を大切にする姿勢は変わっていません。若い頃を知ることで、現在の松崎しげるさんをより深く理解できたような気がします!
