炎鵬友哉の現在の所属は?伊勢ヶ濱部屋で十両復帰の快挙を達成

みなさんは大相撲の炎鵬友哉関のことをご存知ですか?小さな体で大きな力士に挑む姿が人気で、「ひねり王子」とも呼ばれていた炎鵬関。実は2023年に大ケガをして長期間休場していたんです。

私も相撲ファンとして、炎鵬関の動向をずっと気にしていました。あんなに小さくて可愛らしい見た目なのに、土俵では果敢に大きな力士に挑んでいく姿が本当に印象的でしたよね。でも突然姿を見なくなって、心配していた方も多いのではないでしょうか。

そんな炎鵬関が2024年に復帰したという話を聞いて、正直驚きました。脊髄損傷という重篤なケガからの復帰なんて、本当に可能なのかと思っていたからです。現在はどこに所属して、どんな状況なのか気になりますよね。

今回は炎鵬友哉関の現在の所属先や、あの壮絶なケガからの復活劇について詳しくお話ししたいと思います。彼の不屈の精神力には、きっと多くの方が感動されると思いますよ。

目次

炎鵬友哉の現在の所属は伊勢ヶ濱部屋

2024年4月に宮城野部屋から伊勢ヶ濱部屋に移籍

炎鵬友哉関の現在の所属は伊勢ヶ濱部屋です。実は炎鵬関の所属部屋については、ちょっと複雑な経緯があるんです。元々は白鵬の内弟子として宮城野部屋に入門したのですが、その後の様々な事情により所属が変わることになりました。

2024年3月28日に日本相撲協会の理事会で重要な決定が下されました。宮城野部屋が同年4月以降無期限で伊勢ヶ濱一門預かりとなり、宮城野部屋に所属する全員が伊勢ヶ濱部屋に転籍することが決定されたんです。これは同僚力士の不祥事などが影響した結果でした。

炎鵬関も含めて宮城野部屋の全ての力士が伊勢ヶ濱部屋に移ることになったわけです。正直、私も最初はこの移籍のニュースを聞いた時は驚きました。長年慣れ親しんだ部屋を離れることになるなんて、力士の皆さんにとっても大変だったと思います。

師匠が短期間で3回も変わった経験

炎鵬関の所属変遷を見ると、本当に波乱万丈だということがわかります。なんと、わずか3年の間で3回も師匠が変わるという珍しい経験をしているんです。具体的には、12代宮城野→13代宮城野→9代伊勢ヶ浜→10代伊勢ヶ浜という変遷をたどっています。

これって考えてみると、すごく大変なことですよね。師匠というのは力士にとって親のような存在で、稽古の方針から日常生活まで全てを指導してもらう大切な存在です。それが短期間でこんなに変わってしまうなんて、炎鵬関の精神力の強さを感じます。

現在は伊勢ヶ濱部屋で新たなスタートを切っている状況です。私も転職の経験がありますが、新しい環境に慣れるのは本当に大変。まして相撲の世界のような特殊な環境では、なおさらだと思います。

現在は十両力士として活動中

現在の炎鵬関は十両力士として相撲を取っています。これがどれだけすごいことなのか、相撲ファンの皆さんならわかってもらえると思います。2026年3月25日の番付編成会議で3年ぶりの十両復帰が発表され、幕内経験者が序ノ口まで番付を下げてから十両に復帰するのは史上初めてのことでした。

2026年5月の夏場所では西十両14枚目として土俵に復帰し、初日に栃大海を押し出しで下して勝利を収めました。化粧まわしを締めるのも2023年夏場所9日目以来のことで、館内には「炎鵬 お帰りなさい」などのメッセージボードが掲げられる盛大な歓迎ぶりでした。

脊髄損傷という深刻なケガから関取に復帰したのは本当に奇跡的なことです。一時は寝たきりの状態だった炎鵬関が、こうして再び化粧まわしを締めて土俵に上がっている姿を見ると、本当に感動してしまいます。

脊髄損傷からの壮絶な復活劇

脊髄損傷からの壮絶な復活劇

2023年に椎間板ヘルニアと思われていたが実は脊髄損傷

炎鵬関の大ケガについて詳しくお話しすると、最初は椎間板ヘルニアと公表されていました。でも実際は、脊髄損傷という遥かに重篤な状態だったんです。これを知った時は本当にショックでした。脊髄損傷って、場合によっては歩くことも困難になる可能性がある深刻なケガですから。

2023年の夏場所で首に痛みを抱えながら相撲を取っていた炎鵬関。初日から9連敗という結果になり、最終的に途中休場することになりました。部屋に戻るとあおむけになることもできない状態で、両足が不自然に痙攣する映像が残されています。

医師からは「すぐ手術するしかない。日常生活に戻るため相撲はあきらめて」と宣告されました。これは本人にとっても、ファンにとっても絶望的な状況でした。私も相撲が好きなので、この話を聞いた時は本当に胸が痛くなりました。

2週間の入院と寝たきり状態からの復活

炎鵬関は2週間近く入院し、その間は寝たきりの状態でした。想像するだけで辛いですが、あの元気いっぱいの炎鵬関がベッドから起き上がることもできない状態だったなんて、本当に心が痛みます。師匠からも「今までよくやった」と引退を促されたそうです。

でも炎鵬関の性格って、「無理と言われるとやりたくなる性格」なんだそうです。これって、すごくよくわかります。私も似たような性格なので、困難な状況に置かれると逆に燃えてしまうタイプなんです。炎鵬関も複数の病院を回って、セカンドオピニオンを求めました。

経過観察を続けた結果、奇跡的に回復の兆候が現れて手術を回避することができました。これは本当にラッキーでした。医学の世界でも説明がつかないような回復だったのではないでしょうか。

ラグビー堀江翔太選手のトレーナーとの出会い

炎鵬関の復活に欠かせなかったのが、佐藤義人トレーナーとの出会いです。この方は、首の負傷で一時引退危機にあったラグビー日本代表の堀江翔太選手をワールドカップ4大会連続出場に導いた凄腕トレーナーなんです。まさに運命的な出会いでした。

リハビリは本当に基礎の基礎から始まりました。1本の紐を結ぶことから始まって、ペンで文字を書く練習、そして徐々に首と背中の筋肉を鍛えていく。相撲どころではない状態からのスタートです。これって想像以上に辛かったと思います。

専門的なリハビリを続けることで徐々に痛みが消えていったそうです。この話を聞くと、本当に人間の体って不思議だなと思います。適切な指導者に出会うことで、こんなにも劇的に回復できるなんて、医学の進歩と人間の回復力の素晴らしさを感じました。

序ノ口からの史上初の番付上昇

序ノ口からの史上初の番付上昇

7場所連続休場で序ノ口まで転落

炎鵬関の休場期間は本当に長くて、2023年の夏場所途中休場から始まって7場所連続で全休となりました。相撲の世界では、休場が続くと番付がどんどん下がっていってしまうんです。かつて幕内で活躍していた炎鵬関も、最下位の序ノ口まで番付が落ちてしまいました。

序ノ口というのは大相撲の最下位の番付で、そこまで落ちるということは本当に厳しい状況です。幕内から序ノ口まで落ちた元幕内力士は、昭和以降でも琉鵬、舛ノ山、鏡桜、旭大星、石浦、そして炎鵬と6人しかいません。それだけ珍しいことなんです。

2024年の名古屋場所で420日ぶりに序ノ口として土俵復帰を果たしました。この時の取組後のインタビューで「最高です。相撲は最低でしたけど」と苦笑しながらも目を輝かせていた姿が印象的でした。やっぱり相撲が大好きなんだなと感じました。

四股名を「炎鵬友哉」に変更して心機一転

復帰を目指すにあたって、炎鵬関は四股名を「炎鵬晃」から「炎鵬友哉」に変更しました。これは初土俵時に名乗っていた本名の「友哉」を使った名前で、心機一転の意味が込められています。名前を変えるって、新しいスタートを切る意味で大切なことですよね。

私も人生の転機で名前を変えたことがあるので、この気持ちがよくわかります。新しい自分として頑張りたいという強い意志を感じます。2024年3月場所での復帰を目指していましたが、故障箇所の回復が思うように進まず、さらに休場を余儀なくされました。

「入門した頃に戻るだけ」と悲壮感を見せずに前向きな姿勢を貫いていました。この前向きさって本当にすごいと思います。普通なら挫折してしまいそうな状況でも、こうして前を向いて歩き続ける精神力は見習いたいです。

史上初の快挙「幕内→序ノ口→十両」復帰

そして2024年の名古屋場所で序ノ口として復帰した炎鵬関は、そこから驚異的な番付上昇を見せました。序ノ口、三段目、幕下と順調に番付を上げていき、ついに2026年3月の番付編成会議で十両復帰が発表されたんです。これは相撲史上初の快挙でした。

幕内経験者が序ノ口まで番付を落としてから関取(十両以上)に復帰するのは昭和以降史上初めてのことです。元横綱の白鵬さんもSNSで「歴史的カムバック」と称賛していました。師匠だった白鵬さんに認められるなんて、本当に嬉しいことですよね。

2026年5月場所で3年ぶりに関取として土俵に復帰し、初日から勝利を収めました。館内には「炎鵬 お帰りなさい」のメッセージが掲げられ、ファンの温かい歓迎ぶりが印象的でした。この復活劇は映画にできそうなくらいドラマチックです。

炎鵬友哉の現在と今後の展望

炎鵬友哉の現在と今後の展望

師匠の白鵬さんからの応援メッセージ

炎鵬関の十両復帰を最も喜んでいるのは、元師匠の白鵬さんかもしれません。自身のSNSで「炎鵬、歴史的カムバック、良かった~3年間の我慢と鍛錬が実を結び、嬉しい~」とコメントしています。師匠と弟子の絆って本当に深いものがあるんですね。

白鵬さんが炎鵬関をスカウトしたのは金沢学院大学時代。小さな体ながらも技術の高さと相撲への情熱を見込んでの入門だったそうです。その後、炎鵬関は「ひねり王子」として人気を集め、小兵ながら上位力士とも互角に渡り合う活躍を見せました。

ファンからも「さすがに泣く」「感動しました」という声が多数寄せられています。私も白鵬さんのこのメッセージを見た時は、思わず涙腺が緩んでしまいました。師匠の愛情と弟子の努力が結実した瞬間を見ているようでした。

新しい締め込みと生まれ変わった気持ち

2026年の復帰に際して、炎鵬関は締め込みの色も変更しました。以前の赤から薄紫色に変えて「生まれ変わったという気持ちで新調した」とコメントしています。周囲からは「赤でしょ」という声も多かったそうですが、新たなスタートの象徴として敢えて色を変えたそうです。

これって女性が髪型を変える時の心境と似ているかもしれません。人生の転機で見た目も変えて、気持ちも新たにスタートを切る。そんな前向きな気持ちが伝わってきます。復帰初戦が母の日と重なったのも運命的でした。

地元石川から母親らが観戦に来て勝利を届けることができたのは本当に良かったですね。家族の支えがあったからこそ、ここまで復活できたのだと思います。母親の存在って、やっぱり特別ですよね。

相撲への純粋な愛情と今後の目標

炎鵬関が語った「相撲が自分の生きがい。相撲がなかったら今の自分はない。相撲が好きなんで、まだまだこれから全てを懸けていきたい」という言葉に、彼の相撲への純粋な愛情が表れています。こういう純粋な気持ちって、なかなか持ち続けるのは難しいものです。

現在31歳の炎鵬関にとって、この十両復帰は第二の相撲人生のスタートかもしれません。体の小ささというハンディを技術と精神力でカバーしてきた炎鵬関なら、きっとまた私たちを楽しませてくれると思います。

「いつ最後になるかわからない。後悔のないように」と覚悟を語る炎鵬関。この覚悟って、普通に生活している私たちにも響くものがありますよね。毎日を大切に、後悔のないように生きたいと思わせてくれる言葉でした。

まとめ

炎鵬友哉関の現在についてお話ししてきましたが、本当に感動的な復活劇でしたね。現在は伊勢ヶ濱部屋所属の十両力士として活動していて、脊髄損傷という深刻なケガから見事に復活を遂げました。

一時は医師から引退を勧告されるほどの重篤な状態だった炎鵬関が、こうして再び化粧まわしを締めて土俵に上がっている姿を見ると、人間の可能性って本当に無限大だなと感じます。専門的なリハビリと本人の強い意志、そして家族や関係者の支えがあったからこその復活でした。

幕内→序ノ口→十両という史上初の番付変動を経験した炎鵬関。これからも小さな体で大きな相手に挑んでいく姿を応援していきたいですね。相撲への純粋な愛情と不屈の精神力を持つ炎鵬関なら、きっとまた素晴らしい相撲を見せてくれると確信しています。みなさんも機会があれば、ぜひ炎鵬関の相撲を生で見てみてください。感動すること間違いなしですよ!

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