最近、関西お笑い界で30年もの長期間活躍し続けているシャンプーハットの若い頃の画像が話題になっていますね。私も最初にこの話を聞いたとき、「えっ、あのシャンプーハットにそんな時代が?」って驚いちゃいました!
確かに今のお2人も素敵ですけど、若い頃の写真を見ると、まるで別人のようなイケメンぶりなんですよ。特に恋さん(こいでさん)が以前Instagramに投稿した21年前の写真は、「三上博史系イケメン」なんて言われるほどでした。
でも気になるのは、若い頃のシャンプーハットってどんな感じだったのか、てつじさんの昔の姿はどうだったのか、そして2人が芸人として歩んできた軌跡ですよね。今回は、そんな疑問を徹底的に調べてみました。
正直、調べれば調べるほど「こんなにイケメンだったの?」と思わず声に出してしまうような写真や、2人の意外な一面が見えてきて、本当に興味深かったです。きっとみなさんも、この記事を読み終わる頃には、シャンプーハットの新たな魅力に気づいていただけると思います!
シャンプーハットの若い頃の貴重な画像を大公開
恋さんの21年前のイケメン写真が話題沸騰
シャンプーハットの恋さん(旧芸名:こいで)が2017年にInstagramで公開した21年前の写真が、本当にすごいんです。セミロングヘアで少しうつむき加減のモノクロ写真は、まるで俳優さんみたいな仕上がりでした。
この写真を見たファンからは「三上博史系」「イケメン」といった絶賛コメントが相次いだんです。私も最初に見たとき、「これが本当にあの恋さん?」って二度見しちゃいました。写真は21年前ということなので、1996年頃のものですね。
当時の恋さんは20歳頃で、まさに青春真っ只中。シャンプーハット結成から2年ほど経った時期で、若手芸人として一生懸命活動していた頃の貴重な1枚です。この頃から既に芸人としての道を歩んでいたなんて、改めて考えると感慨深いものがありますよね。
てつじの若手時代のルックスと変化
一方のてつじさんも、若い頃はかなりの男前だったようです。現在49歳のてつじさんですが、歯科技工士専門学校時代から芸人デビューの頃は、今とは印象が随分違っていたんですよ。
身長178cmと高身長で、AB型という組み合わせも相まって、当時はクールな印象を与えていたそうです。特に1994年のコンビ結成当初は、まだ19歳という若さで、フレッシュそのものでした。
てつじさんは最初ボケ担当で恋さんがツッコミという配役でスタートしていたんですが、全くウケなかったため役割を交代したという逸話も。若い頃の試行錯誤が、今の完成されたスタイルに繋がっているんですね。
シャンプーハットの若い頃のエピソード
歯科技工士専門学校での出会いと初期の活動
シャンプーハットの2人の出会いは、新大阪歯科技工士専門学校でした。恋さんが新潟県生まれで大阪府高槻市育ち、てつじさんが大阪府堺市出身ということで、関西での学生生活が始まりだったんです。
当時の2人は芸人になることなんて全く考えていなかったそうですが、学校で出会って意気投合し、素人参加型ライブ「ワチャチャライブJr.」に出場するためにコンビを結成したのがきっかけでした。
最初のコンビ名は「ナイスフェイス」で、その後「モアイと宇宙人」と改名を繰り返し、5回目の改名で現在の「シャンプーハット」に落ち着いたという珍しい経歴を持っています。若い頃の迷走ぶりも、今となっては微笑ましいエピソードですよね。
若手時代の苦労と成功への道のり
1994年11月に正式にコンビを結成したシャンプーハットですが、若手時代は本当に大変だったようです。心斎橋筋2丁目劇場でのオーディションに合格してデビューしたものの、最初は全然ウケなかったんですって。
でも、諦めずに努力を続けた結果、1996年に「オールザッツ漫才」で優勝、1998年には「第19回ABCお笑い新人グランプリ」で優秀新人賞を受賞と、着実に実力をつけていきました。
特に注目すべきは、恋さんのボケにてつじが突っ込むのではなく同意するという独特のスタイルを確立したこと。これは当時としては革新的で、後に「Wボケ」と呼ばれるスタイルの先駆けとも言われているんです。
シャンプーハットの若い頃の芸風の特徴
革新的な「Wボケ」スタイルの確立
シャンプーハットが若い頃に確立した芸風は、本当に画期的でした。従来の漫才といえば、ボケとツッコミがはっきりと分かれているのが当たり前だったんですが、2人は全く違うアプローチを取ったんです。
恋さんがボケて、普通なら「そんなアホな!」とツッコむところを、てつじが「そやな」「そうそう」と同意してしまう。この斬新なスタイルは、観客を混乱させながらも新鮮な笑いを生み出しました。
笑い飯よりも先に「Wボケ」を取り入れた漫才師として評価されているんですよ。若い頃の発想力と実験精神が、お笑い界に新たな風を吹き込んだんですね。私も初めて見たときは「え?なんで突っ込まないの?」って困惑しましたが、だんだんクセになる面白さでした。
雑誌モデル時代の意外な一面
実は、シャンプーハットの若い頃には、芸人以外の顔もあったんです。なんと1997年頃に、2人は雑誌「オリーブ」にモデルとして登場していたんですよ!これには本当に驚きました。
「オリーブ」といえば、当時のおしゃれ女子のバイブル的存在の雑誌でしたから、そこにシャンプーハットが載っていたなんて、今思えば貴重すぎる写真ですよね。きっと当時のイケメンぶりが評価されたんでしょうね。
その後1999年から2000年にかけては、雑誌「ザ・テレビジョン」でコラム「業界人間観察絵日記」を連載していたそうです。若い頃から多才な2人の活動範囲の広さがうかがえますね。芸人としてだけでなく、いろんな分野で活躍していたなんて知りませんでした!
現在のシャンプーハットと若い頃の比較
30年の歳月を経た変化と成長
2024年で結成30周年を迎えたシャンプーハットですが、若い頃と現在を比べると、本当に感慨深いものがあります。恋さんは現在50歳、てつじさんは49歳になり、まさに芸人として円熟期を迎えています。
若い頃はフレッシュな魅力で勝負していた2人ですが、今では関西のテレビで見ない日はないほどの人気者に。特に2020年に「第55回上方漫才大賞」を受賞したときは、長年の努力が報われた瞬間でした。
恋さんは家族への配慮から2回も改名を経験し、現在の「恋さん」という芸名に。てつじさんも将棋初段の腕前を持ち、つけ麺店のプロデュースや日本酒作りなど、多方面で活躍されています。若い頃の挑戦精神は、今でもしっかりと受け継がれているんですね。
同期芸人との関係性と現在の立ち位置
シャンプーハットの同期には、野性爆弾、次長課長、ブラックマヨネーズなど、錚々たるメンバーがいるんです。NSC大阪校13期生として、みんなで切磋琢磨してきた仲間たちですね。
特に野性爆弾とは30年来の友情を育んでおり、2024年には初のツーマンライブ「芸歴30周年記念 野性爆弾×シャンプーハットツアー」を開催しました。若い頃から一緒に頑張ってきた仲間との共演は、本当に感動的だったと思います。
関西を拠点に30年間活動を続けてきた実績は、若手芸人にとって大きな目標となっています。東京進出という選択肢もあったでしょうが、関西に根ざした活動を続けてきたからこそ、今の地位があるのかもしれませんね。
まとめ
シャンプーハットの若い頃の画像を調べてみて、本当に驚きの連続でした。恋さんの21年前のイケメン写真は、まるで俳優さんのような美しさでしたし、てつじさんも若い頃はかなりのルックスの持ち主だったんですね。
2人が歯科技工士専門学校で出会い、素人参加型ライブから始まって、5回もの改名を経て現在のシャンプーハットになったという軌跡も感動的です。特に、従来の漫才の常識を覆す「Wボケ」スタイルを確立したのは、若い頃の柔軟な発想力があったからこそだと思います。
雑誌「オリーブ」でモデルをしていたエピソードなんて、今となっては本当に貴重な黒歴史(?)ですよね。でも、そういった多才な一面があったからこそ、現在の多方面での活躍に繋がっているのかもしれません。30年という長い歳月を経て、若い頃の挑戦精神を保ちながら、円熟した芸人として活躍し続けているシャンプーハット。これからも関西お笑い界の重要な存在として、私たちを楽しませてくれることでしょう。
