ねづっちの相方は現在いらない?元Wコロン木曽さんちゅうとの確執と解散の真相

2010年の「整いました!」ブームで一世を風靡したお笑いコンビ・Wコロンのねづっちさん。当時は謎かけ芸で大ブレイクしましたが、相方の木曽さんちゅうさんとのコンビは2015年に解散してしまいました。現在ねづっちさんはピン芸人として活動していますが、なぜ相方がいらないと判断したのでしょうか?

実は、Wコロン解散の背景には深刻な不仲問題がありました。2014年には「行列のできる法律相談所」で芸人イチ仲の悪いコンビとして紹介され、楽屋でも全く会話をしない状態が放送されたほどでした。ブレイク後、ねづっちさんの謎かけに注目が集まり、木曽さんちゅうさんが「じゃない方芸人」として扱われることが増えたことが関係悪化の一因とされています。

現在、ねづっちさんはYouTuberとして活動しながら浅草での舞台にも立ち続けています。一方で元相方の木曽さんちゅうさんも新コンビ「ケンメリ」を結成し、司会業や実演販売など幅広い活動を展開。解散から約10年が経った今でも、二人の間には深い溝があると言われており、それぞれが別々の道を歩んでいます。今回は、なぜねづっちさんが相方はいらないと判断したのか、その真相に迫ってみたいと思います。

コンビ芸人として成功を収めながらも、なぜ解散という道を選んだのか。ねづっちさんと木曽さんちゅうさんの関係性の変化や、現在のそれぞれの活動状況について詳しく見ていきましょう。二人の歩んだ道のりを知ることで、お笑い界の厳しい現実も見えてくるかもしれません。

目次

ねづっちの相方・木曽さんちゅうとの不仲の真相

Wコロン結成から解散までの経緯

ねづっちさんと木曽さんちゅうさんによるお笑いコンビ「Wコロン」は、2004年に結成されました。木曽さんちゅうさんが4歳年上で、当初はお互いを尊重し合いながらコンビ活動を行っていたそうです。結成当初は謎かけ漫才を中心とした昭和テイストの漫才スタイルで、2012年には漫才協会の真打に昇進するなど着実に実績を積み重ねていました。

転機となったのは2010年のブレイクでした。ねづっちさんの「整いました!」が大ヒットし、流行語大賞のトップ10にも選ばれるほどの社会現象となりました。この頃から月に何百本もの出演オファーが舞い込むようになり、コンビの関係性に微妙な変化が生まれ始めたのです。謎かけ芸の性質上、どうしてもねづっちさんが中心となる構図になりがちで、木曽さんちゅうさんは次第に「じゃない方芸人」として扱われることが多くなっていきました。

しかし、当初は二人とも「コンビは五分だから何でも意見をぶつけ合おう」と話し合っていました。ところが実際に意見が衝突すると、木曽さんちゅうさんが「言うとくけど俺年上やからな!」と年齢を持ち出すことが増え、ねづっちさんがこれに不満を抱くようになったといいます。このような小さなすれ違いが積み重なって、やがて修復不可能なほどの溝となってしまいました。

不仲エピソードが表面化した経緯

Wコロンの不仲が公になったきっかけは、ナイツの塙宣之さんが二人の関係を「仲の悪いコンビ」としてテレビで紹介したことでした。最初はバラエティ番組のネタとして扱われていましたが、2014年8月17日に日本テレビ「行列のできる法律相談所」に「芸人イチ仲の悪いコンビ」として出演したことで、その深刻さが明らかになりました。

番組では舞台裏にカメラを設置し、二人の日常を撮影。楽屋では挨拶を交わすこともなく、木曽さんちゅうさんはすぐに先輩芸人のいる別の楽屋に移動する様子が放送されました。本番直前でもネタ合わせなし、会話なしという状態で、食事に行ったのは10年前に一度だけという衝撃的な関係性が明かされました。番組では互いに相手への不満をぶちまけ合う場面もあり、視聴者に強烈な印象を残しました。

興味深いことに、この不仲騒動によって逆に仕事が増えるという現象が起きました。「不仲がきっかけで仕事が増えた」と木曽さんちゅうさんも認めており、バラエティ番組から引っ張りだこになったのです。しかし、お互いに相方への不満を言わされる企画が増えることで、単なる不仲から憎み合う関係にまで発展してしまい、最終的には修復不可能な状態になってしまいました。

ねづっちから提案された解散

2015年4月1日、ついにWコロンの解散が発表されました。意外なことに、この解散を提案したのはねづっちさんの方でした。得意の謎かけで解散を説明した際、「解散直前のWコロンとかけて麻婆豆腐が苦手と解きます。その心は、視線(四川)が合わない」と表現し、お互いに全く目を合わせることもない状態だったことを明かしました。

ねづっちさんは解散について「このまま続けても何もいいことないな、と思った」と語っており、木曽さんちゅうさんに解散を切り出した際は「はい、わかりました」とすぐに納得してもらえたそうです。木曽さんちゅうさんも以前から「彼が『解散』と言い出したら、腹くくってます」と覚悟を決めていたため、スムーズに解散話がまとまったということでした

この解散により、二人はそれぞれピン芸人として活動することになりました。謎かけ芸の性質上、どうしてもねづっちさんが主役になってしまう構図から抜け出すことで、お互いが自分らしい活動を追求できるようになったとも言えるでしょう。ただし、浅草の芸人仲間の間では「木曽派」「ねづっち派」に分かれて代理戦争のような状況が続いているという話もあり、関係修復は困難な状況が続いています。

ねづっちが相方はいらないと判断した理由

ねづっちが相方はいらないと判断した理由

謎かけ芸の性質とコンビ芸の相性問題

ねづっちさんが相方はいらないと判断した最大の理由は、謎かけ芸の特性にありました。謎かけは基本的に一人で完結する芸であり、コンビでやる場合でも相方の役割は「その心は?」という合いの手程度に限定されてしまいます。ねづっちさん自身も「どうしても僕中心の立ち位置になっちゃう」と認めており、相方を活かす余地が少ない芸風だったのです。

実際、ブレイク後のねづっちさんは、木曽さんちゅうさんのセリフである「その心は?」すら自分で言ってしまうことが多くなっていました。決めゼリフの「ねづっちです」まで含めて、すべてを一人で完結する流れを作り上げてしまったのです。これでは相方の立つ瀬がなくなってしまうのも当然でした。

お笑いに詳しいライターによると、ねづっちさんは「自分が目立ちたいタイプでコンビ芸には不向き」だったといいます。一人だと空回りしがちだったため、合いの手が上手い木曽さんちゅうさんとのコンビがハマっていたわけですが、ブレイクによってその関係性が崩れてしまったということです。ねづっちさんにとって、相方の存在がかえって制約となってしまったのかもしれません。

ピン活動への適性と自由度

解散後のねづっちさんの活動を見ると、ピン芸人としての方が向いていたことがわかります。YouTubeチャンネル「ねづっちチャンネル」を開設し、毎日のように動画を投稿。自宅で一人トークを披露し、謎かけでオチをつけるというスタイルで活動しています。相方に気を使うことなく、自分のペースで自由にコンテンツを作れる環境が性に合っていたようです。

また、浅草の舞台でも一人漫談として活動しており、謎かけ芸の持つポテンシャルを最大限に発揮できています。コンビ時代は相方とのバランスを考慮する必要がありましたが、ピンになることで純粋に自分の芸に集中できるようになりました。ねづっちさん自身も「一人の方がやりやすい」という趣旨の発言をしており、解散が正しい判断だったと考えているようです。

ただし、YouTubeの収益は月額で数千円程度と決して多くはなく、経済的には厳しい状況も続いています。それでも相方との確執に悩まされることなく、純粋に芸に向き合える環境を手に入れたことは、ねづっちさんにとって大きなメリットだったと言えるでしょう。

木曽さんちゅうの現在と新たな挑戦

新コンビ「ケンメリ」結成と活動状況

木曽さんちゅうさんは解散後、しばらく漫談家として活動していましたが、2018年1月11日に塩田忠道さんと新コンビ「ケンメリ」を結成しました。塩田さんは元「ヴィンセント」「花パラダイス」のメンバーで、二人は漫才協会に所属し、浅草東洋館を中心に活動しています。ケンメリは「80歳を超え、枯れてなお面白さが増すようなコンビを目指したい」という高い志を掲げており、長く続けることを重視したコンビ作りを行っています。

ケンメリとしては2017年にM-1グランプリにも出場しましたが、1回戦で敗退という結果でした。しかし、AbemaTVのレギュラー番組に出演するなど、着実に活動の場を広げています。木曽さんちゅうさんにとって、相方と対等な関係でやり直せる新しいスタートとなりました。Wコロン時代とは違い、お互いを尊重し合いながら漫才を作り上げているそうです。

また、木曽さんちゅうさんは「コンビとは続けてナンボだってこと」「何か始めるのに歳なんて関係ないということ」を自身の活動を通じて伝えたいと語っており、年齢を重ねても新たな挑戦を続ける意欲を見せています。ねづっちさんとのコンビ解散を経験した彼だからこそ、相方との関係性の大切さを深く理解し、より良いコンビ作りができているのかもしれません。

多方面での活動と地域密着型の仕事

木曽さんちゅうさんは芸人活動だけでなく、多方面で活動の幅を広げています。25年以上住んでいる足立区への愛情から「足立区関連」の仕事を積極的に行っており、J:COM足立での番組MCやリポーター活動を長年続けています。地元密着型の活動は安定した収入源となっており、Wコロン時代よりも経済的に安定した状況を築いているようです。

さらに、展示会のプレゼンテーションMCやワークショップ講師、実演販売員など、その話術を活かした様々な仕事に従事。ヤマダ電機で携帯電話の実演販売をしている姿が目撃されたこともあり、芸人の枠にとらわれない柔軟な働き方を実践しています。YouTubeチャンネルも開設し、好きなヘビーメタル音楽について語るなど、自分の趣味も活動に取り入れています。

2021年には「マツコの知らない世界」に出演し、浅草グルメの世界を紹介。4人の息子を持つ父親としても充実した生活を送っており、解散後は家族との時間も大切にできるようになったと言います。木曽さんちゅうさんにとって、Wコロン解散は新たな人生のスタートとなり、より多様で充実した活動を展開する機会となったのです。

二人の現在の関係性と今後の展望

二人の現在の関係性と今後の展望

解散後も続く確執と業界での立ち位置

解散から約10年が経過した現在でも、ねづっちさんと木曽さんちゅうさんの関係修復は実現していません。お笑いに詳しいライターによると、木曽さんちゅうさんに「本当にねづっちのことが嫌いなのか」と聞いたところ、「嫌いというか、憎んでます」という返事が返ってきたという話もあり、感情的な対立は深刻なレベルに達しているようです。

興味深いことに、浅草の芸人仲間の間では「木曽派」「ねづっち派」に分かれて、後輩芸人を巻き込んだ代理戦争のような状況が続いているといいます。お互いが後輩芸人を集めて相手の悪口を言い合うという、まるで政治的な対立のような構図になっています。これにより、浅草の芸人コミュニティにも複雑な影響を与えているようです。

業界内での評価を見ると、現在は木曽さんちゅうさんの方が活動の幅が広く、安定した仕事を確保できているとされています。一方でねづっちさんは小規模なライブ出演が中心で、YouTubeの再生回数も1本あたり1000回未満と苦戦しているのが現状です。皮肉なことに、当時「じゃない方芸人」と呼ばれた木曽さんちゅうさんの方が、現在はより充実した芸能活動を送っているという逆転現象が起きています。

それぞれの今後の展望とお笑い界への影響

ねづっちさんは現在もYouTubeでの活動を中心に、謎かけ芸を続けています。毎日動画を投稿し続ける姿勢は評価されており、最近では若い視聴者からの支持も得ているという話もあります。ただし、経済的な面では厳しい状況が続いており、YouTube広告収入だけでは生活が困難なレベルです。今後はライブ活動や企業イベントなどでの収入源確保が課題となりそうです。

一方、木曽さんちゅうさんは新コンビ「ケンメリ」での活動と並行して、MCやリポーターとしての仕事を拡大しています。地域密着型の活動は安定した収入をもたらしており、芸人としても実業家としても成功を収めているといえるでしょう。今後は「KISO METAL FESTIVAL」などの自主企画イベントにも力を入れており、プロデューサーとしての才能も発揮していく予定です。

二人の歩んだ道のりは、お笑い界における「相方の必要性」について重要な示唆を与えています。ねづっちさんのように特化した芸風を持つ芸人にとって、相方がかえって制約となるケースもあること、そして木曽さんちゅうさんのように多才な芸人が新たな活動領域を開拓できることなど、解散が必ずしもマイナスではないという例を示しました。今後のお笑い界においても、このような多様な働き方が受け入れられていくものと思われます。

まとめ

ねづっちさんが相方はいらないと判断したのは、謎かけ芸の性質上どうしても一人中心の構図になってしまうことと、木曽さんちゅうさんとの関係性が修復不可能なレベルまで悪化したことが主な理由でした。2010年のブレイク後、ねづっちさんに注目が集まり、相方が「じゃない方芸人」として扱われることが増え、お互いのプライドが傷つけられる結果となりました。

現在、ねづっちさんはピン芸人として活動し、YouTubeでの動画投稿や浅草での舞台出演を続けています。一方、木曽さんちゅうさんは新コンビ「ケンメリ」を結成し、MCや実演販売などの多方面で活躍しており、経済的にも安定した状況を築いています。二人の間の確執は現在も続いており、浅草の芸人仲間の間でも派閥が形成されているという話もあります。

この事例は、お笑い界において相方との関係性がいかに重要かを示すとともに、時には解散が双方にとって最良の選択となることもあるという現実を浮き彫りにしました。ねづっちさんにとって相方がいらないという判断は、自分の芸風を最大限に活かすための決断だったと言えるでしょう。今後も二人それぞれの道での活躍が期待されます。

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