大塚明夫の父は声優界の重鎮?親子の共演秘話と関係の真相

みなさん、こんにちは!さくらです。今日は声優界でも話題の親子について書かせていただきますね。大塚明夫さんといえば、ブラック・ジャックやメタルギアソリッドのスネークなど、誰もが聞いたことのある渋いボイスの持ち主ですよね。

実は私、最近知ったんですが、大塚明夫さんのお父さんも超有名な声優さんなんです!しかも、親子で同じ業界というのは珍しいことではありませんが、この二人の関係には色々なエピソードがあるんですよ。

ルパン三世での共演話や、実は昔は仲が良くなかった時期もあったという話まで…。正直、私も最初は「え、そうなの?」って驚きました。でも調べてみると、本当に深い親子の絆があることがわかったんです。

今回は、そんな大塚明夫さんの父親について、詳しく調べてみました。きっと皆さんも「へぇ、そうだったんだ!」って思うエピソードがたくさんあると思います。

目次

大塚明夫の父・大塚周夫との親子関係の真実

声優界の重鎮・大塚周夫とはどんな人物?

大塚明夫さんの父は、声優の大塚周夫(おおつか ちかお)さんです大塚周夫さんは1929年7月5日生まれで、2015年1月15日に85歳で亡くなられました。声優としては50年以上も活躍されていた、まさに声優界のレジェンドなんです。

代表作を聞けば、皆さんも「あ、あの声!」ってすぐわかると思います。『ルパン三世』の石川五右衛門、『美味しんぼ』の海原雄山、『ガンバの冒険』のノロイなどの重厚な役から、『ゲゲゲの鬼太郎』の初代ねずみ男まで、本当に幅広い役を演じられていました。私も子供の頃、海原雄山の厳格な声に「怖いなぁ」って思った記憶があります。

周夫さんは悪役を演じることが多く、「悪役とは弱みを一つ持つ人間」として、人間味あふれる演技を心がけていました自身が演じてきた悪役というカテゴリーには非常にこだわりがあり、人外であろうが一人の人間として意識して演じていたんですね。だからこそ、あれだけ印象深いキャラクターを生み出せたんだと思います。

明夫さんが語る父親像と家族エピソード

大塚明夫さんは父親について、とても興味深いことを語っています。「幼少期、テレビから父の声がすると、すぐにわかりましたし、出演作を見ることもありました。でも父が自宅にいることは少なかったですし、仕事している様子を見たこともない」と話されているんです。

これって、声優さんのお子さんならではの複雑な心境ですよね。お父さんの声は毎日テレビから聞こえてくるのに、本人はお仕事で忙しくて家にいない…。私にも小さい子供がいるので、この気持ちはよくわかります。

特に印象的なのが、明夫さんが赤ん坊の頃、母親が不在で周夫さんが台本を読んでいた際に、明夫さんが大泣きしたため、「うるさい」との理由で押し入れに閉じ込められたことがあったというエピソードです。でも明夫さん自身は、「役者としての父親がそうするのも無理は無い」とし、「役者になっていなかったら父親のそういった心境も理解できなかっただろう」と理解を示しているんです。

💡 重要ポイント
同じ職業に就いたからこそ、父親の気持ちが理解できるようになったという明夫さんの言葉は、親子関係の深さを物語っています。

父から学んだ役者としての覚悟

父の大塚周夫さんは劇団東芸に所属していましたが、野沢雅子さん、富田耕生さんなどがいた大きな劇団を辞めて、小沢昭一さんが立ち上げた俳優小劇場の研究生になりました養成所生の1年間は仕事をしてはいけないという決まりがあって、2歳と6歳の子どもがいるのにお金が入ってこない状況だったんです。

明夫さんは当時を振り返って、「お袋が泣いていたことを覚えています。そりゃ泣きますよね。それでも父は『自分は今、これをやらなければいけない』と覚悟を決めてその場所にいった」と話されています。これって本当に覚悟のいることですよね。

明夫さんが23歳の時、こまつ座でいろいろな役者を間近で見た際は、「当時、そこまですごい役者とは思えなかった」と正直に語っています。でも、「声の仕事をするようになって、初めて父・大塚周夫の凄みを感じました。どういう覚悟を持って役者として生きてきたのか、やっとわかったんです」という言葉からは、同じ道を歩んだからこそ理解できた父親への尊敬の念が伝わってきます。

「自分が同じ道を辿って父の背中が見えたとき、どれだけの信念を持って役者をしていたかがわかり、父を誇りに思いました」という明夫さんの言葉が、すべてを物語っていますね。

大塚明夫と父の共演作品とルパン三世での縁

大塚明夫と父の共演作品とルパン三世での縁

親子で挑んだメタルギアソリッドでの共演

大塚明夫さんと周夫さんの共演で最も有名なのが、『メタルギアソリッド』シリーズですね。メタルギアシリーズの隠れたテーマが「父を超える」で、親子で同じ職種である大塚父子がぴったり当てはまったからという理由で、明夫さんがソリッド・スネーク役に抜擢されたんです。

『メタルギアソリッド4』では、ソリッド・スネークの父親にあたるビッグ・ボスが再登場するので、「ビッグ・ボスの声を周夫さんにやってもらいたい」と小島監督が語り、実現しました。これって本当にドラマチックですよね!ゲームの中でも親子、現実でも親子という設定が、作品により深みを与えていたと思います。

私も当時プレイした時、親子の声優さんが親子役を演じているという事実を知って、すごく感動した記憶があります。ゲームのテーマと現実の親子関係がリンクして、より感情移入できる作品になっていました

最後の親子共演となった番組

実は、周夫さんと明夫さんの最後の共演には、とても感慨深いエピソードがあるんです。2015年1月25日放送のテレビ東京系バラエティ番組『1位じゃなくっていいじゃない』で、ナレーターとして父の周夫さんと一緒に自身の名前を連ねたのですが、事実上これが最後の親子共演となりました

周夫さんは2015年1月15日、青二プロダクションの新年会終了後に帰宅するために乗った地下鉄内で倒れ、虚血性心疾患のため85歳で亡くなられました。そして、その新年会に出席する前に収録されたこの番組のナレーション収録が最後の仕事となったのです

正直、これを知った時は本当に切なくなりました。最後まで仕事に情熱を注いでいた周夫さんと、その最後の共演が息子さんとだったなんて…。運命的なものを感じずにはいられません。

💡 重要ポイント
番組の最後には「この番組が最後の作品となったナレーター故大塚周夫さんのご冥福をお祈りいたします」と追悼メッセージが流されました。

ルパン三世での世代交代と家族の絆

ルパン三世といえば、周夫さんは初代石川五右衛門役を演じていました。そして現在、明夫さんは2021年放送開始の『ルパン三世 PART6』から次元大介役を担当しています1971年のアニメ放送開始から50年以上にわたり次元を演じた小林清志さんが高齢で勇退し、その後任という形での起用となりました

明夫さんは子供の頃、お父さんが演じる五右衛門について「カッコいいな」と感じていたそうです。そして今度は自分がルパンファミリーの一員として、次元大介を演じることになったんですね。

明夫さんは「次元大介のビジュアルから清志さん以外の声が聞こえるのは、僕自身が納得しかねる」と悩んだものの、「人がやってるのを見て寂しい気持ちになるよりかは、自分が叩かれれば済む」と思い立ち、オファーを受諾したと語っています。この責任感の強さも、きっとお父さんから受け継いだものなんでしょうね。

父は五右衛門、息子は次元大介として、時代を超えてルパンファミリーを支え続けているなんて、本当に素敵な話だと思います。

若い頃の不仲説の真相と関係修復のきっかけ

若い頃の不仲説の真相と関係修復のきっかけ

明夫さんが語る「誰が役者になんかなるか!」時代

実は、大塚明夫さんと周夫さんの間には、若い頃「不仲」とまでは言わないものの、距離があった時期があったんです。役者として活動する前は、役者である父の周夫とうまくいっておらず「誰が役者になんかなるか!」と息巻いて大学を中退しました

私も思春期の頃、親の仕事に対して複雑な気持ちを抱いたことがあるので、この気持ちはとてもよく分かります。特に声優さんという特殊なお仕事だと、周りの友達からからかわれたりすることもあったでしょうし…。明夫さんも周夫さんがねずみ男の役を演じていることから友達にからかわれたりしていたという話もあります。

大学中退後、明夫さんは製薬会社に勤めるも3、4日で退社し、父の周夫さんに「会社をやめてきたので、居候させて」と言ったそうです。そしてマグロ漁業の船に乗ろうと考えていたが、歯の治療が間に合わず、乗る予定だった船も座礁して乗れなかったという、まるで運命に導かれたようなエピソードもあります。

「誰が役者になんかなるか!」と言っていた明夫さんが、結局は父と同じ道を歩むことになるなんて、人生って本当に不思議ですよね。

同じ道を歩んだからこそ理解できた父の気持ち

明夫さんと周夫さんには長らく確執がありましたが、明夫さんが周夫さんに役者を目指すと懇願し、同業に付いたことで明夫さん側が役者の考え方や事情を理解するようになり、距離が縮まりました

明夫さんは大学を中退し23歳までトレーラーの運転手をしていました。当時好きになった女性に「夢がある方が素敵」と言われ断られたため、役者を目指すことになりました。恋愛がきっかけで人生が変わるなんて、これも運命的ですよね。

仲代達矢主宰の無名塾の入所試験に挑むも落選し、次に父に学費17万を借りて文学座演劇研究所に入所するも、研修生に残れず1年で卒業。その後、井上ひさしさんのこまつ座に入団するも、生活が苦しく、そこで手を差し伸べたのが父親である大塚周夫さんでした

声優の仕事をやってみるかと誘われ、それに応えて声優の道に入り、声優業を中心として生活をするようになってからは、父親のことがよくわかるようになったと明夫さんは語っています。同じ苦労を経験したからこそ、父親の大変さが理解できたんでしょうね。

初共演時の緊張エピソードと親子の絆

初めて親子で共演した時のエピソードも、とても微笑ましいんです。初めて洋画の吹き替えで明夫さんと共演した際、息子が台詞を入れるとなった時、周夫さんは額に猛烈な脂汗を浮かべていました

それを見た明夫さんは「息子が喋るから緊張してんだ」と当時は面白がっていましたが、後になって「そういう心境になるのは当然だろうな」と語っています。これって、親としての気持ちを理解できるようになった証拠ですよね。

特に心温まるのが、明夫さんら子供達に対して、財産がほとんどなかったことから周夫さんが「何も遺してやれなくてごめんな」と言ったことがあるというエピソードです。その言葉を聞いた明夫さんは父の言葉をしばらく反芻し、次に会った際に「役者として一番大事なものを遺してもらった」と語り、周夫さんが「なんだ」と聞くと「血かな」と返したそうです。

「血かな」という明夫さんの答えは、父親への最高の感謝の言葉だったと思いますこの件は相当嬉しかったようで、以降のインタビューで周夫さん自身がよく語っていました。親子の絆って、こういう瞬間に深まるものなんですね。

父から受け継いだ役への想いと声優としての継承

父から受け継いだ役への想いと声優としての継承

忍たま乱太郎・山田先生役の引き継ぎ

2015年5月4日より、明夫さんは父が長年演じていた『忍たま乱太郎』の山田先生(山田伝蔵)を引き継ぐことになりました。これは本当に感動的な継承だと思います。

山田先生は40代という設定で、80代の周夫さんの芝居だと「40代にしては深いな」という印象がありました「先代に寄せてください」と言われた時は当初「それでいいのか?」と思い、多少は若返らせた方がいいんじゃないかと色んなことを考えて「父が若かったら、このくらいだったかな」というイメージでやっていました

でも、実際に演じてみると自身が受け継ぐ前の歳のいった芝居をした方がなじみそうだと気付き、何より『忍たま』のファンが喜んでいたそうです。ファンの皆さんにとって、山田先生の声が変わらないのは本当に嬉しいことですよね。

明夫さんは「山田先生以外を演じる気はございません。大切な父の形見ですから手放せません」とコメントしています。「大切な父の形見」という言葉に、明夫さんの深い愛情が込められています

父の役を演じる時の心境

明夫さんは「結構そういうのがあってね。『たぶん周夫さん枠なんだろうな』という仕事もあって、周夫さんぽくやってみると喜んでもらえたりする」と語っています。お父さんの後を継ぐお仕事があるなんて、声優業界ならではですよね。

特に印象的なのが、「(父の)セリフ回しだったりとかが残っていて。そこを親父だったらどう演じるだろうと探っていって音に出してみると、親父がまだ生きているような、会えるような気がするんだよ」という明夫さんの言葉です。

これを読んだ時、私は本当に感動してしまいました。父親の役を演じることで、まるで父親と対話しているような感覚になるなんて…。声優というお仕事の特別さを感じますし、親子の絆の深さにも胸が熱くなります。

💡 重要ポイント
明夫さんは父の役を演じる時、「父がまだ生きているような、会えるような気がする」と表現しています。これは声優だからこそ味わえる、特別な父親との絆なのかもしれません。

次世代への想いと声優としての使命感

明夫さんには弟がいますが、弟はこの道に進まなかったので、弟も周夫さんも「二人になると何を話していいかわからない」とよく明夫さんに話していました家族のなかで明夫さんだけが、仕事を介してコミュニケーションを取れていたんです

これって、同じ職業だからこそ分かり合える部分があるということですよね。私も夫と同じような仕事をしているので、この気持ちはとてもよく分かります。共通の話題があることで、より深い関係を築けるものです。

明夫さんは「25年前の『声優グランプリ』に山寺宏一さんと、父と僕との鼎談が載っています。1996年3月取材ということなので僕は36歳で、親父は66歳。僕が来年62歳になるので、あの当時の父の年齢とあまり変わらない」と感慨深く語っています。

時の流れと共に、息子が父親の年齢に近づいていくというのは、なんとも言えない感慨がありますね。「まあ、しぶとく生き残ってやろうと思ってますけどね」という明夫さんの言葉からは、父から受け継いだ強い意志を感じます。

まとめ

いかがでしたか?大塚明夫さんと父・周夫さんの親子関係について詳しく調べてみると、単なる「声優親子」という枠を超えた、深い人間ドラマがあることがわかりました。若い頃は「誰が役者になんかなるか!」と反発していた明夫さんが、結局は同じ道を歩み、父親への理解を深めていく過程は本当に感動的でしたね。

特に印象に残ったのは、父親の役を演じる時に「親父がまだ生きているような、会えるような気がする」という明夫さんの言葉です。声優というお仕事だからこそ味わえる、特別な絆なのかもしれません。ルパン三世での世代交代や、忍たま乱太郎の山田先生役の継承など、声優界での「家族の絆」の美しさを改めて感じました。

私たちファンにとっても、こうした親子の物語を知ることで、作品をより深く楽しめるようになりますね。これからも大塚明夫さんには、父親から受け継いだ「血」を大切にしながら、素晴らしい作品を届けてほしいと思います。皆さんも、次にアニメや吹き替えで大塚明夫さんの声を聞く時は、今日のエピソードを思い出してみてくださいね!

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