大鶴肥満の本名は?粕谷明弘で父親との和解やM-1決勝進出も話題

最近、M-1グランプリで大注目を集めているママタルトの大鶴肥満さん。あの190kgの巨体と「まーごめ」というキャッチフレーズで一躍時の人となりましたが、読者の皆さんは彼の本名をご存知でしょうか?

実は、大鶴肥満という芸名のインパクトが強すぎて、本名を知らない方も多いんです。私も最初は「え、これが芸名なの?」と驚いたひとりでした。でも、本名を知ると、彼の人となりや生い立ちがもっと身近に感じられるんですよ。

今回は、大鶴肥満さんの本名はもちろん、その名前の由来や実家の事情、ご家族との関係まで詳しくお伝えします。特に、お父様との複雑な関係については、同じように家族との価値観の違いで悩んだことがある方には共感していただけるかもしれません。

芸名と本名のギャップ、そして彼が背負ってきた想いを知ると、テレビで見る大鶴肥満さんの印象がガラッと変わると思います。ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

目次

大鶴肥満の本名と芸名の由来について

本名は粕谷明弘(かすやあきひろ)

ママタルト大鶴肥満さんの本名は、粕谷明弘(かすやあきひろ)さんです。現在33歳の彼は、1991年7月20日生まれで東京都練馬区出身なんですよ。芸名のインパクトが強すぎて本名を知らない方も多いと思いますが、実はとても普通の名前なんです。

私も初めて本名を知った時は「えっ、こんなに普通の名前だったの?」と驚きました。芸名があまりにも強烈すぎて、本名との落差に戸惑ったのを覚えています。でも、この普通さが逆に彼の人間味を感じさせてくれるんですよね。

現在では本名よりも芸名で呼ばれることの方が多く、本人も「粕谷明弘は30歳で死んで、31歳からは大鶴肥満として生きていく」と語っています。私生活でも芸名を名乗ることが多いというエピソードからも、彼にとって大鶴肥満という名前がいかに大切な存在になっているかが分かりますね。

大鶴義丹に似ていることから生まれた芸名

大鶴肥満という芸名は、俳優の大鶴義丹さんに似ていることから名付けられました。明治大学のお笑いサークル「木曜会Z」の先輩から「大鶴義丹に絶対似てるよ」と言われ続けていたことがきっかけなんです。

大学3年生の頃、その先輩の勧めで「笑っていいとも!」の「そっくりさんカーニバル」にオーディションを受けに行ったところ、「めちゃくちゃウケて」番組に出演することができました。この経験がきっかけで、粕谷明弘から大鶴肥満へと芸名を変更したそうです。

正直、現在の彼の体型を見ると大鶴義丹さんに似ているかは微妙なところですが(笑)、当時は今より40kg以上も軽い120kgだったそうです。それでも一般的には大柄でしたが、確かに写真を見ると面影があるような気がしますね。芸名って、こんな偶然から生まれることもあるんですね。

「ふぐ」に改名していた時期もあった

実は、大鶴肥満という芸名になるまでには紆余曲折がありました。所属事務所のサンミュージックから「肥満は病気だから」と一度は許可が下りなかったんです。その時、彼は一時期「ふぐ」という芸名に勝手に改名していました。

芸人仲間からは「薄らハゲ」「アホ」「ふぐ」などの候補が出たそうですが、どの名前もマネージャーに怒られてしまい、結局浸透しませんでした。この話を聞いて、私は「芸名一つ決めるのも大変なんだな」と改めて感じました。

最終的に、サンミュージックの社長であるブッチャーブラザーズさんに直接許可をもらって、現在の大鶴肥満という芸名で活動できるようになったそうです。本人も「大鶴肥満という名前に正式になってからは好転して、仕事などが上手くいくようになった」と語っており、やはり自分にとってベストな芸名だったんでしょうね。

大鶴肥満のプロフィール詳細

大鶴肥満のプロフィール詳細

基本的な身体データと特徴

大鶴肥満さんの基本プロフィールをご紹介しますね。身長は182cmで、現在の体重は約190kgとされています。血液型はA型で、現在33歳です。BMIは58という数値で一般的な肥満基準を大幅に超えている状況ですが、健康体であることが知られています。

私も初めてテレビで見た時は「こんなに大きい方がいるのね」と驚きましたが、実際に動いている姿を見ると意外と身軽で、前転なども軽々とこなしてしまうんです。その体格を活かしたダイナミックなボケが彼の大きな魅力の一つになっていますね。

趣味はマンガで、特技はぷよぷよや実況パワフルプロ野球、金券のレートが分かることや食べ放題など、幅広い分野に才能を発揮しています。軽音楽部出身でドラムとサックスの演奏もできるという意外な一面もあり、多才な方なんですよ。

明治大学での学生時代とお笑いとの出会い

大鶴肥満さんは私立錦城高校を卒業後、明治大学情報コミュニケーション学部に進学しました。もともとは早稲田大学を志望していたそうですが、残念ながら不合格となり、明治大学に入学したそうです。当初はテレビ局で働くことを夢見ていました。

大学2年生の時に入ったお笑いサークル「木曜会Z」での活動が、彼の人生を大きく変えることになります。大学4年生の時にはワタナベコメディースクールのお笑い大会「笑樂祭」でワタナベエンターテインメント賞を受賞し、スカウトされるほどの実力を身につけました。

ただ、その時は一度断って、卒業後は塾講師として働いていたそうです。でも、やはりお笑いへの想いを諦めきれず、2015年に23歳で太田プロお笑い養成所に入所。そして2016年に現在の相方・檜原洋平さんと出会い、ママタルトを結成することになったんです。人生って、本当にどこで転機が訪れるか分からないものですね。

「まーごめ」ギャグの誕生秘話

大鶴肥満さんといえば「まーごめ」というギャグが有名ですが、この由来をご存知でしょうか?実は、俳優大鶴義丹さんが不倫の謝罪会見で元妻のマルシアさんに向かって「まーちゃんごめんね」と言った言葉を略したものなんです。

本人は「まーごめの意味はなく、すべての言葉の代用」だと説明しており、挨拶や返事、会話の返し、驚いた時やヤバいという意味でも使われています。私も最初は「何それ?」と思いましたが、見ているうちになんだかクセになってしまう不思議な魅力があるんですよね。

面白いのは、真空ジェシカの川北さんが大鶴肥満さんよりも「まーごめ」を多用していることです。川北さんは応援の意味でこの言葉を使っているそうで、衣装では大鶴肥満さんの小学生時代の写真がプリントされたTシャツまで着用しています。芸人仲間に愛される人柄が伝わってきますね。

大鶴肥満の年齢と現在の活動

大鶴肥満の年齢と現在の活動

33歳という年齢での大ブレイク

現在33歳の大鶴肥満さんですが、この年齢でのブレイクは芸人としては決して早い方ではありません。同い年の芸人には檜原洋平さん(相方)、EXITの兼近さん、ハナコの秋山さん、コロコロチキチキペッパーズの西野さんなどがいますが、皆それぞれ違った時期に注目を浴びています。

芸人として大成功するのに年齢は関係ないということを証明してくれているような気がします。私も30代になって新しいことに挑戦する時に、「もう遅いかな」と思うことがありますが、大鶴肥満さんを見ていると「まだまだこれからだ!」と勇気をもらえますね。

M-1グランプリ2024で初の決勝進出を果たした時の年齢が33歳。長年の努力が実を結んだ瞬間でした。「継続は力なり」という言葉がありますが、まさにそれを体現している方だと思います。年齢を重ねてからの成功だからこそ、その重みと価値が違うんでしょうね。

多岐にわたる現在の活動内容

現在の大鶴肥満さんは、テレビ出演だけでなく多方面で活動を展開しています。ラジオ番組「ママタルトのラジオ母ちゃん」や「芸人Boom!Boom!ママタルトのラジオまーちゃん」では、より身近な彼の魅力を知ることができます。

YouTubeチャンネル「ママタルト本物チャンネル」も注目で、一時期は毎日投稿していた時期もありました。企画動画やネタ動画を通じて、ファンとの距離を縮めています。私もよく拝見していますが、テレビとはまた違った彼らの自然体な魅力が伝わってきて面白いんですよ。

また、草野球チームにも所属しており、190kgの体重にもかかわらず4番バッターを任されるほどの実力を持っています。読売ジャイアンツのファンクラブにも入っているほどの野球好きで、実際にジャイアンツが彼専用のユニフォーム(背番号180番)を作ってくれたこともあります。こういった多方面での活動が、彼の人間的な魅力を広く伝えているんですね。

M-1グランプリでの躍進と今後への期待

2024年のM-1グランプリで初の決勝進出を果たした時は、本当に感動しました。2022年と2023年には準決勝まで進出していましたが、ついに最終決戦の舞台に立つことができたんです。結果は9位でしたが、その存在感は十分に示せたと思います。

M-1での活躍により、テレビ出演のオファーも急増しています。「水曜日のダウンタウン」での相撲企画では優勝を果たし、「研修テレビ!!」や「ラヴィット!」などの人気番組にも出演するようになりました。私も毎回楽しみに観ていますが、どの番組でも安定した面白さを提供してくれますね。

本人も「M-1で優勝をし、元気な姿をテレビで見せる事が目標」と語っており、まだまだ上を目指している姿勢が素晴らしいです。33歳という年齢を考えても、これからが本当の勝負だと思います。私たち視聴者としても、そんな彼の挑戦を応援し続けたいですね。

実家と家族構成の複雑な事情

実家と家族構成の複雑な事情

東京都練馬区の元惣菜屋という実家

大鶴肥満さんの実家は東京都練馬区にあり、かつてはお惣菜屋さんを営む自営業の家庭でした。兄弟2人を私立大学に通わせるほどの財力があったことから、当時は裕福な家庭だったと考えられます。惣菜屋で育った経験が現在の料理好きに繋がっているのも興味深いですね。

家族構成は、お父さん、お母さん、お兄さん、そして大鶴肥満さんの4人家族です。お兄さんは公務員として働いているそうで、体型も大鶴肥満さんとは正反対でガリガリだという話もあります。同じ家庭で育ってもこんなに違うものなんですね。

現在は惣菜屋を廃業されており、店を辞めてからはご両親の口癖が「うちは貧乏だから」に変わってしまったという少し切ないエピソードもあります。それでも、惣菜屋時代のメニューを今でも作ることがあるそうで、家業で培った料理のスキルは彼の中にしっかりと受け継がれているんですよ。

父親との確執と絶縁状態

大鶴肥満さんと父親との関係は非常に複雑で、現在は絶縁状態にあります。学歴を重んじる父親は息子がお笑い芸人になることに猛反対し、24歳の時に実家を追い出されてしまいました。明治大学出身の父親は「MARCH以上はしっかりしててそれ以外はしてない」という考えを持っていたそうです。

決定的な亀裂が生まれたのは、約4年前にライブの企画でドキュメンタリー映像を撮影した際のことでした。その時の映像では、父親が息子に対して「早くコロって死んじゃえばいいんだよね。みんなに迷惑かけないように死んでください」という壮絶な言葉を発してしまったのです。

このような状況もあって、大鶴肥満さんはこれまですべての実家ロケのオファーを断り続けてきました。家族の価値観の違いで悩んだ経験のある私としても、この辛さは痛いほど分かります。芸人として成功しても、家族に認めてもらえないというのは本当に辛いことですよね。

2025年の父親との再会と和解の兆し

そんな絶縁状態にあった父親との関係に変化が訪れました。2025年2月17日放送の「相席食堂」で、4年半ぶりに父親と再会することになったのです。番組の企画とはいえ、この再会は両者にとって大きな意味を持つものでした。

再会した父親は息子に対して謝罪の言葉を述べ、「そんなふうに子供が思ってたということを気がつかないでいた。親としては反省しなくちゃいけない」と語りました。特に、大鶴肥満さんがジャイアンツの始球式を務めた映像を見て、「ついにここまで明弘は来たのかと本当に感動した」と涙ながらに話していました。

ただ、大鶴肥満さんとしては父親がこれまでにも同じような謝罪を繰り返してきた過去があるため、完全にわだかまりが消えたわけではないようです。それでも、このような対話の機会が持てたことは大きな前進だと思います。家族の関係って本当に難しいものですが、時間が解決してくれる部分もあるのかもしれませんね。

まとめ

大鶴肥満さんの本名は粕谷明弘(かすやあきひろ)さんで、現在33歳の東京都練馬区出身です。俳優の大鶴義丹さんに似ていることから生まれた芸名は、今や彼のアイデンティティそのものになっていますね。一時期「ふぐ」に改名していた時期もありましたが、最終的に大鶴肥満という名前で大成功を収めることができました。

実家は元惣菜屋を営む4人家族で、現在は廃業されています。特に印象的だったのは、父親との複雑な関係です。学歴を重視する父親に芸人の道を反対され、一時は絶縁状態にまで発展してしまいました。でも、2025年の再会で少しずつ関係修復の兆しが見えてきたのは本当に良かったと思います。

33歳でのM-1決勝進出という快挙は、年齢に関係なく夢を追い続けることの大切さを教えてくれました。「まーごめ」というキャッチフレーズと190kgの体格で多くの人に愛される大鶴肥満さん。本名の粕谷明弘さんから大鶴肥満さんへと変わった背景には、様々な苦労と家族への想いがあったんですね。これからも彼の活躍から目が離せません。

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