こんにちは、さくらです。最近、昭和の女優さんたちの若い頃の写真を見ていて、「あー、この人本当にかわいいなあ」と思わずため息が出てしまう方がいるんです。それが坂口良子さん(1955年10月23日 – 2013年3月27日)なんです。
1971年、15歳で出場したミス・セブンティーンコンテストで優勝し芸能界入りした坂口さん。正直、私も改めて若い頃の写真を見て「こんなにかわいかったの!?」と驚いてしまいました。当時「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」と呼ばれるようになったというのも納得です。
でも、かわいいだけじゃないのが坂口さんのすごいところ。10代で『アイちゃんが行く!』や『サインはV』に主演し、一気に国民的な存在へ上り詰めた実力もあったんです。私も子どもの頃、母から「昔の女優さんはこんなに綺麗だったのよ」なんて話を聞いていましたが、今になって改めて調べてみると、その魅力がよくわかります。
今日は、そんな坂口良子さんの若い頃の魅力について、詳しくお話していきたいと思います。きっと皆さんも「昭和の女優さんって本当に素敵だったんだなあ」と感じてもらえると思いますよ。
坂口良子の若い頃がかわいすぎる理由
15歳でミスセブンティーンコンテスト優勝
坂口良子さんは、1971年、高校1年生の15歳の時、雑誌「SEVENTEEN」の第2回ミス・セブンティーンコンテストで優勝しました。実は、きっかけがとってもかわいいんです。「フォーリーブス」会いたさに芸能界を目指し、「ミス・セブンティーンコンテスト」に応募したというんですから、本当に純粋な動機ですよね。
私も学生の頃、好きなアイドルに会いたい一心で色々なオーディションに応募したことがあるので、その気持ちがすごくわかります!でも、坂口さんの場合は見事に優勝してしまうところがさすが。きっと天性の美しさがあったんでしょうね。3万人の中から選ばれて優勝したというのですから、本当にすごい話です。
昭和らしい「ファラ・カット」ヘアが魅力的
坂口良子さんの若い頃の髪型といえば、「ファラ・カット」と呼ばれるふわっとしたウェーブヘアと外ハネの前髪を組み合わせた髪型が印象的でした。この髪型、実は70年代に大ヒットした米ドラマ「チャーリーズ・エンジェル」で人気を博したファラ・フォーセットのトレードマークとされ、世界中に大ブームを巻き起こした髪型だったんです。
今の時代から見ると「昭和っぽい」って思うかもしれませんが、当時はこれが最新のオシャレだったんですね。坂口さんがこの髪型をしている写真を見ると、本当に時代を象徴する美しさを感じます。私も美容院でこんな巻き髪に挑戦してみたことがありますが、なかなか上手くいかないんですよ。やっぱり、似合う人と似合わない人がいるんだなあと実感しました。
それにしても、この時期の彼女は24歳くらいかな。よってこういうアイドル的ショットもたくさん撮影されていて、どの写真を見ても本当にかわいらしいんです。当時の女性の憧れの的だったというのも納得できますね。
「お嫁にしたい女優ナンバーワン」の愛らしさ
若い頃の坂口良子は、お嫁にしたい女優ナンバーワンでした。この称号、今聞いても素敵ですよね。当時の男性たちが、坂口さんのどんなところに魅力を感じていたのか気になります。やっぱり、あの愛らしい笑顔でたちまち人気を博したというのが大きかったんでしょうね。
冷静に見て欠点が見えない極上の美形の方と評価されているのも印象的です。確かに、写真を見ていても「ここがちょっと…」というポイントが見つからないんです。目も鼻も輪郭も、すべてが整っていて、しかも嫌味がない。これって、本当にすごいことだと思います。
私の母も「昔の女優さんは品があって素敵だった」とよく言っていましたが、坂口さんを見ていると、その言葉の意味がよくわかります。現代にはない上品で温かみのある美しさがあったんでしょうね。
デビューから大ブレイクまでの軌跡
16歳で「アイちゃんが行く!」主演デビュー
1972年、シングル「あこがれ」で歌手デビュー。フジテレビのドラマ『アイちゃんが行く!』で主演に抜擢され、女優デビューも果たした坂口さん。16歳での主演って、今考えるとすごいですよね。私が16歳の時なんて、まだまだ子どもで、とてもじゃないけどテレビで演技なんてできなかったと思います。
でも坂口さんは違いました。坂口良子さんの10代は、アイドル俳優として注目を集めて主演を務めるなど、デビュー直後から活躍していたんです。きっと、持って生まれた才能と努力があったからこそ、こんな若さで主演を任せてもらえたんでしょうね。
堀越学園芸能コース一期生として上京
北海道から単身で上京。堀越学園の1973年に開設した芸能コースの一期生となります。同級生には、郷ひろみさん、野口五郎さんがいました。これってすごいメンバーですよね!同級生が郷ひろみさんと野口五郎さんって、今思うと本当に豪華な顔ぶれです。
北海道から一人で上京するって、きっと大変だったと思います。私も地方から東京に出てきた経験があるので、その心細さがよくわかるんです。でも坂口さんの場合は、芸能界で成功するという明確な目標があったから、頑張れたんでしょうね。しかも、芸能コースの一期生だなんて、まさにパイオニア的存在だったわけです。
当時の芸能界は今よりもずっと大変だったと思いますが、坂口さんは若い頃から「やりたいことに向かって一直線」という感じだったのかもしれませんね。夢に向かって突き進む姿勢も、多くの人に愛された理由の一つだったのかもしれません。
「サインはV」「前略おふくろ様」で人気が爆発
ドラマ『サインはV』(1973年版)では主役・江川ゆかを演じ、主題歌も担当した坂口さん。さらに『前略おふくろ様』で主人公に猛烈なアタックをする役を演じ、坂口良子さんは可愛らしいルックスと性格で本作品からますますアイドル的存在となっていきました。
「前略おふくろ様」は私も再放送で見たことがあります。萩原健一さん演じる主人公に一生懸命アプローチする坂口さんの姿が、本当にかわいらしくて印象に残っています。あの積極的だけど憎めない役柄が、当時の視聴者の心をぐっと掴んだんでしょうね。
主題歌も歌えて、演技もできて、しかも美人で性格もよさそう…。これだけ条件が揃っていれば、人気が出ないわけがありませんよね。多才な魅力と親しみやすいキャラクターが、幅広い年代から愛される理由だったんだと思います。
市川崑監督に見出された女優としての実力
「犬神家の一族」で映画界にも進出
1970年代に市川崑監督がとあるドラマを見て坂口を気に入り、1976年の映画『犬神家の一族』への起用が決まったというエピソードが素敵です。市川崑監督がとあるドラマを見て坂口良子さんを気に入ったから起用されたということは、監督の目に留まるほど印象的な演技をしていたということですよね。
面白いのは、当初本人はヒロイン役かと思っていたが、台本を読んで旅館の女中・はる役と知り少し残念に思ったというエピソード。でも、結果的にこの映画が坂口さんのキャリアにとって大きなターニングポイントになったんですから、人生って不思議ですよね。
20代には市川崑監督作『犬神家の一族』『獄門島』『女王蜂』で清新さと知性を併せ持つ女優像を確立しました。私も市川崑監督の作品は大好きで、よく観ていますが、監督の作品に出演するということは、演技力が認められた証拠だと思います。アイドルから実力派女優への見事な転身を果たしたんですね。
「池中玄太80キロ」で新たな魅力を開花
坂口さんは、玄太と同じ通信社の記者で、(当時)これからの時代を象徴するキャリアウーマンといった役柄の、鳴山暁子役を演じられている「池中玄太80キロ」。この作品での坂口さんは、それまでとは違った大人の魅力を見せてくれました。
記者としてカメランマンの玄太と一緒に仕事をするうち、次第に玄太に惹かれていくヒロインを爽やかに演じられ、ドラマはヒット。西田敏行さんとのコンビも絶妙で、見ていて本当に楽しかったです。私も仕事をする女性として、坂口さんが演じるキャリアウーマンの姿に憧れを感じていました。
当時、実力派俳優として人気がうなぎのぼりだったものの、ゴールデンタイムでの主演は初めてだった西田さんにとっては、大チャンスとも言える大切な作品で、坂口さんはそんな西田さんの成功に、大きく貢献されたんです。共演者を支える温かい人柄も、坂口さんの魅力の一つだったんですね。
撮影現場でのプロ意識と優しさ
西田が「(『池中玄太80キロ』での共演を踏まえて)息が合って意思疎通もできる良子さんがいい」と制作側に要望したことから、急遽変更となったという「猫、ふんじゃッた!」での共演エピソード。西田敏行さんから名指しでリクエストされるなんて、よっぽど信頼されていたんでしょうね。
さらに素敵なのは、当時まだまだ演技経験が少なかった西村は緊張していたが、坂口が本番以外でも本当のお母さんのようにスキンシップをして緊張を和らげてくれたというエピソード。これって、本当に優しい人じゃないとできないことだと思います。
また撮影時坂口は妊娠7か月で西村から心配されたが、「安定期だから大丈夫。お医者さんの許可ももらってるから」と告げて撮影に臨んでいたという話も印象的です。妊娠中でも仕事に対する責任感を持ち続ける姿勢、そして後輩を気遣う優しさ。プロとしての責任感と人間としての温かさを兼ね備えた方だったんですね。
坂口良子の若い頃の性格と人柄
男っぽい性格で何でも話すタイプ
公私で長年に渡って親交のあった写真家・清水清太郎は、坂口について以下のように評している。「知り合った20歳過ぎの頃からの飲み友達で、彼女は男っぽい性格で何でも話すので、若かった頃に当時交際中の男性のこともよく話してくれました。酒はめっぽう強かった」。
この証言、すごく興味深いですよね。見た目はとても女性らしくて上品な坂口さんですが、実際の性格はお酒にはめっぽう強くて、男っぽい性格で何でも話すタイプで、当時交際中の男性のことも話していたというサバサバした面もあったんです。
私も友達と話していて、見た目と性格のギャップがある人って魅力的だなあと思うことがあります。坂口さんの場合、そのギャップがまた魅力の一つだったのかもしれませんね。美しい外見と裏腹なサバサバした性格が、多くの人に愛される理由だったんでしょう。
共演者からの信頼と評価
若い頃は共演した俳優から必ず電話番号を訊かれたというエピソードも興味深いです。これは、単に美人だからというだけでなく、人柄の良さも関係していたんじゃないかなと思います。仕事仲間として、また一人の人間として魅力的だったからこそ、みんながもっと親しくなりたいと思ったんでしょうね。
麻丘めぐみ…友人。飲み友達。高校の同級生。若い頃に毎日のように一緒に飲んだという関係性も素敵です。麻丘めぐみさんとは高校の同級生で、芸能界に入ってからも友情を続けていたんですね。芸能界って競争が激しい世界だと思いますが、そんな中で友情を保ち続けるって、本当に素晴らしいことだと思います。
こういう話を聞いていると、坂口さんが多くの人から愛された理由がよくわかります。見た目の美しさだけでなく、人としての魅力があったからこそ、長年にわたって愛され続けたんですね。
時代を超えて愛される理由
若い頃が可愛すぎたので、そこまで劣化してるわけではないのに、比べちゃうのかもですねという言葉があるように、坂口さんの若い頃の美しさは本当に印象的だったんです。でも、それだけじゃなく、私生活では紆余曲折を経つつも仕事に真摯で、母としても全力な姿勢も多くの人の心を打ったんだと思います。
私も母親として、仕事と子育ての両立の大変さはよくわかります。坂口さんの場合、後に大変な苦労もされましたが、それでも諦めずに頑張り続ける姿は、多くの女性の励みになったんじゃないでしょうか。「良子さんのこと忘れません」「本当に楽しい時間をありがとう」「本当にお疲れ様でした」など、坂口さんの死を惜しむ声が4,000件以上寄せられたのも、そういう人柄があってのことだと思います。
美しさと人間味を兼ね備えた魅力こそが、時代を超えて多くの人に愛され続ける理由なのかもしれませんね。
まとめ
坂口良子さんの若い頃について調べてみて、改めてその魅力の深さに感動してしまいました。15歳でミス・セブンティーンコンテストに優勝し、16歳で主演デビューを果たすという華々しいスタートから、市川崑監督に見出されて実力派女優として評価されるまで、本当に素晴らしいキャリアを歩まれたんですね。
でも、一番印象に残ったのは、坂口さんの人柄の良さです。共演者に対する気遣いや、後輩への優しさ、そして友人との長年にわたる友情。美しい外見だけでなく、こういう人間性があったからこそ「お嫁にしたい女優ナンバーワン」と言われたんだと思います。私たちも、見た目だけでなく内面も磨いていきたいですよね。
昭和の時代の女優さんたちって、本当に品があって素敵だったんだなあと改めて感じました。坂口良子さんのように、時代を超えて愛される魅力を持った方は、今でも多くの人の心の中で輝き続けているんですね。皆さんも、ぜひ坂口さんの作品を見返してみてください。きっと、その魅力を再発見できると思いますよ。
