ジョン万次郎の玄孫は誰?中濱京さんが5代目として名古屋で活躍中

皆さん、ジョン万次郎って聞いたことありますよね?江戸時代末期にアメリカに渡った有名な日本人です。でも実は、彼の血筋は現在も続いているんです!

今回お話しするのは、ジョン万次郎の玄孫(やしゃご)について。玄孫って聞き慣れない言葉かもしれませんが、これはひ孫の子供のことなんです。つまり、ジョン万次郎から数えて5代目の子孫ということですね。

正直、私も最初は歴史上の人物の血筋が現代まで続いているなんて知らなくて驚きました。しかも、その子孫の方々が今でも積極的に活動されているというのも興味深いですよね。

ジョン万次郎の玄孫として知られているのが中濱京さんという方で、現在も祖先の功績を伝える活動を続けています。アメリカとの交流も代々受け継がれているそうで、まさに国際的な家系と言えるでしょう。家系図を見ると、医師や研究者、そして企業で活躍する方など、多彩な人材を輩出している一族なんです。

目次

ジョン万次郎の玄孫について詳しく解説

中濱京さん(5代目)の活動と現在

ジョン万次郎の玄孫として最も有名なのが、中濱京さんです。現在60歳で、名古屋市にお住まいの女性です。私、実際に彼女の活動を調べてみて、すごく感動したんです。

中濱京さんは1982年に金城学院短期大学部国文科を卒業後、富士通株式会社に就職されました。その後アメリカ留学も経験され、1992年にオレゴン州レインコミュニティーカレッジを卒業されています。祖先と同じくアメリカで学ぶ経験をされたのは、なんだか運命的ですよね。

現在は富士通Japan東海支社に勤務する一方で、ジョン万次郎に関する国内外の講演会や交流会に直系5代目として参加されています。「土佐ジョン万会」の名誉顧問も務められていて、著書に『ジョン万次郎―日米両国の友好の原点』があります。私も読んでみたいなと思っています。

中濱博さん(4代目)の功績

京さんのお父様である中濱博さんも、とても立派な方でした。1928年5月16日生まれで、2008年4月3日に79歳でお亡くなりになりました。元聖霊病院の院長で、専門は心臓外科という医師でした。

博さんは名古屋大学医学部を卒業後、心臓外科治療の研究のためスペインに渡り、マドリッド大学大学院を修了されています。その後東京で聖母病院、東京厚生年金病院に勤務した後、1996年に名古屋に移住され、聖霊病院院長や中日病院外科部長を歴任されました。

ジョン万次郎の研究と著作でも知られる方で、1991年に『私のジョン万次郎 子孫が明かす漂流150年目の真実』を出版されています。この本は中浜家に代々伝わる秘蔵の資料をもとに書かれた貴重な一冊だそうです。

代々続くアメリカとの友好関係

本当に驚いたのは、ジョン万次郎の子孫とアメリカのホイットフィールド船長の子孫が、代々交流を続けているということです。これって、すごくロマンチックな話だと思いませんか?

実際に2024年には、中濱京さんが名古屋市内の自宅に、ホイットフィールド船長の子孫らを招待したという報道もありました。両家は国際交流イベントで毎年顔を合わせてきたそうですが、今回は幕府と開国交渉を進めたペリーの子孫も来名する予定で、日米関係と友好の礎となった3家が名古屋に集まったそうです。

150年以上経った今でも続く国際的な絆って、本当に素晴らしいですよね。私も友人との関係をもっと大切にしなければと思わされました。出身地の土佐清水市も、アメリカのニューベッドフォード、フェアヘーブンの両市と姉妹都市盟約を締結していて、現在も街ぐるみでの交流が続けられています。

ジョン万次郎の玄孫の子孫について

家系図で見る中濱家の系譜

ジョン万次郎の家系図を見ると、本当に多彩な人材を輩出している家系だということがわかります。長男の中濱東一郎さんは医師になり、内務省東京衛生試験所所長や初代東京市医師会長を務められました。

東一郎さんの息子である中浜明さんは、ジョン万次郎の孫にあたり、『中浜万次郎の生涯』という本を記されています。そして東一郎さんの長男・清の子として生まれたのが、前述の中濱博さん(4代目)です。

医師や研究者、そして現在は企業で活躍する方まで、本当に幅広い分野で活躍されている一族なんです。私も自分の家系について、もう少し詳しく調べてみたくなりました。

その他の子孫たちの活躍

実は、中濱京さん以外にも注目すべき子孫の方がいらっしゃいます。例えば、野武重忠さん(1941年生まれ)は母方の実家野武家を相続された方で、トロンボーン奏者として活躍されています。東京芸大器楽科を卒業され、早稲田京福語学院校長も務められました。

また、中濱絲子さんは与謝野鉄幹の門下生として女流歌人として活動されていました。「白藤の君」と呼ばれる女性だったと伝えられています。文学の世界でも活躍されていたんですね。

現在も中濱武彦さんという方が『ネバー・ギブアップ ジョン万次郎』という本を出版されるなど、代々にわたってジョン万次郎の業績を伝える活動が続けられています。

ジョン万次郎の玄孫とジョン万次郎とは

ジョン万次郎の玄孫とジョン万次郎とは

ジョン万次郎の生涯と功績

改めてジョン万次郎について簡単におさらいしてみましょう。1827年1月27日、土佐国幡多郡中ノ浜村(現在の高知県土佐清水市中浜)で半農半漁で暮らす貧しい漁師の家の次男として生まれました。

14歳のときに漁に出て遭難し、無人島の鳥島に漂着。143日間を生き延びた後、1841年6月27日にアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号のホイットフィールド船長に救助されました。このとき船名にちなんで「ジョン万次郎」と呼ばれるようになったんです。

アメリカで教育を受けた最初の日本人の一人として、帰国後は日米和親条約の締結の際に通詞(通訳)候補として江戸に召喚され、重要な役割を果たしました。

現代に続く万次郎の遺産

ジョン万次郎の影響は現代まで続いています。2027年には万次郎生誕200年を迎えるということで、資料の整理やデータベース化が行われているそうです。また、市民レベルでは日米双方から万次郎の生涯の映画化を実現しようという動きもあります。

私個人的には、NHKの大河ドラマでジョン万次郎を取り上げてほしいという声があるのもよくわかります。きっと素晴らしい作品になると思うんです。1992年に設立された「財団法人ジョン万次郎ホイットフィールド記念国際草の根センター(CIE)」では、日米草の根交流サミット大会を開くなど、日米の市民レベルでの相互理解や友好を目指した活動をしています。

一人の漁師の少年が作った日米の絆が、150年以上経った今でもこうして受け継がれているって、本当に感動的ですよね。

まとめ:現代に生きるジョン万次郎の血筋

まとめ:現代に生きるジョン万次郎の血筋

玄孫たちが受け継ぐ想い

ジョン万次郎の玄孫である中濱京さんをはじめとする子孫の方々の活動を見ていると、本当に感動します。単に血筋を受け継いでいるだけでなく、祖先の志や国際的な視野も引き継いでいらっしゃるんですね。

特に印象的なのは、アメリカのホイットフィールド船長の子孫との交流が代々続いていることです。血のつながりを超えた真の友情が時代を越えて受け継がれているって、なかなかないことだと思います。

また、中濱京さんが富士通で働きながらも、講演会や交流活動に積極的に参加されているのも素晴らしいですね。現代の国際化社会において、ジョン万次郎の経験や精神はますます価値のあるものになっていると感じます。

まとめ

いかがでしたか?ジョン万次郎の玄孫として活躍されている中濱京さんと、その家系について詳しく見てきました。正直、私も調べる前は歴史上の人物の子孫がこんなに身近に活動されているなんて知りませんでした。

特に印象的だったのは、150年以上前に結ばれた日米の絆が、今でも生きた形で続いているということです。中濱京さんをはじめとする子孫の方々が、単に血筋を誇るだけでなく、実際に国際交流や文化の架け橋としての役割を果たしていらっしゃるのは本当に素晴らしいことですよね。

また、代々にわたって医師や研究者、文学者など多彩な人材を輩出している中濱家の系譜も興味深いものでした。きっとジョン万次郎の冒険心や学習意欲、そして国際的な視野が、DNAレベルで受け継がれているのかもしれませんね。2027年にはジョン万次郎生誕200年を迎えるということなので、これからもますます注目が集まりそうです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次