本田博太郎の若い頃の画像は?目力の強いイケメンで必殺仕舞人が代表作に

俳優の本田博太郎さんといえば、現在は渋い声と独特の話し方で愛され続けているベテラン俳優ですよね。でも実は、若い頃はかなりのイケメンだったってご存知ですか?私も最近知ったんですけど、本当にびっくりしました!

今回は本田博太郎さんの若い頃の画像や出演ドラマについて詳しく調べてみました。1980年代の代表作から、現在の姿との比較まで、たっぷりとご紹介していきます。きっと皆さんも、若かりし頃の本田さんのギャップに驚かれると思いますよ。

特に印象的だったのは、1980年に出演した「ただいま放課後」での熱血教師役や、1981年の「必殺仕舞人」での殺し屋役。どちらも今とは全く違う魅力があって、本当に素敵なんです。現在73歳になられた本田さんですが、昔の写真を見ると目力の強さは変わらず、イケメンっぷりがよくわかります。

それでは早速、本田博太郎さんの若い頃の魅力をたっぷりとお伝えしていきますね!

目次

本田博太郎の若い頃の画像を大公開!

1970年代〜1980年代の若きイケメン俳優時代

本田博太郎さんは1951年2月8日生まれで、現在73歳になられました。茨城県水戸市出身で、4人兄弟の末っ子として育ったそうです。9歳の時にお母さんを亡くし、男手一つで育てられたという苦労もありました。

役者になることを夢見て、高校卒業後すぐに家出同然で上京されたんです。若い頃の本田さんは、目力が強くて彫りの深い顔立ちの典型的なイケメンだったんですよ。当時の写真を見ると、今の渋い雰囲気とは全く違って、とても端正な顔立ちをされています。

文学座演劇研究所13期生を経て劇団青俳に所属し、当時は本名の本田博史という名前で活動していました。三国蓮太郎さんに憧れて芸名を真似したというエピソードもあって、若い頃から志の高い俳優さんだったことがわかりますね。

現在との比較で見る本田博太郎の変化

若い頃と現在の本田博太郎さんを比べてみると、目鼻立ちの基本的な造形は全く変わっていないんです。でも表情や雰囲気は大きく変わりましたね。若い頃は激しい性格の悪役を演じることが多かったせいか、鋭い眼差しが印象的でした。

現在の本田さんは、年齢を重ねたことで渋さが加わり、より味のある演技ができるようになったと言われています。独特の低い声と落ち着いたしゃべり方は、実は年齢とともに身についたものなんですね。若い頃は叫んだり恫喝したりするシーンが多かったそうです。

息子さんの本田大輔さんも俳優として活動していますが、端正な顔立ちは確実に受け継がれています。特に目元や鼻筋、ほお骨のあたりなど、若い頃の本田博太郎さんとそっくりなんですよ。

若い頃のドラマ出演作品と代表作

若い頃のドラマ出演作品と代表作

「ただいま放課後」で一躍有名に!

本田博太郎さんが世間に広く知られるようになったのは、1980年に出演したフジテレビのドラマ「ただいま放課後」でした。このドラマは、たのきんトリオ(田原俊彦、近藤真彦、野村義男)が出演して注目を集めた青春ドラマだったんです。

本田さんは熱血教師「ドンガメ先生」役を演じ、寺泉憲さんとのダブル主演でした。この役で認知度が飛躍的にアップしたそうです。新劇出身アイドルのような位置から次第に悪役や喜劇的な役柄にシフトしていったのも、この頃からなんですね。

当時29歳だった本田さんは、まだ若々しい魅力全開で、生徒役の若手俳優たちとも違和感なく共演していました。この作品をきっかけに、舞台だけでなくテレビメディアでも売れっ子になっていったんです。

「必殺仕舞人」で時代劇スターの仲間入り

1981年には工藤栄一監督に認められ、「必殺仕舞人」に主演メンバーとして参加しました。これが本田博太郎さんの代表作の一つになったんです。京マチ子さんや高橋悦史さんと共演し、民謡手踊り一座の裏稼業として活動する殺し屋役を演じました。

この作品では坂東京山率いる一座の一員・直次郎役で出演し、やくざ志願の陽気な若者という設定でした。黒装束での殺しのシーンでは、殺気のある眼差しがとてもかっこよく、黒の着物の裏地が赤というおしゃれな衣装も話題になったそうです。

続編の「新・必殺仕舞人」も制作され、必殺シリーズの中でも人気の高い作品となりました。主題歌「風の旅人」も本田さん自身が歌っていて、当時のレコードは今でもファンの間で愛され続けています。

1979年にはゴールデンアロー賞を受賞

実は本田博太郎さん、テレビドラマで有名になる前から舞台俳優として高く評価されていたんです。蜷川幸雄演出の舞台「近松心中物語」や「ロミオとジュリエット」で、1979年度ゴールデンアロー演劇部門新人賞を受賞されています。

この頃の本田さんは、まだ20代後半で若々しい魅力にあふれていました。新劇出身の実力派俳優として、演技力の高さが業界内でも認められていたんですね。映画でも1979年の「英霊たちの応援歌 最後の早慶戦」以降、岡本喜八監督作品に多数出演されています。

当時から現在まで、善人役から悪役まで幅広く演じることができる日本を代表する名バイプレーヤーとして活躍し続けています。声を生かしてナレーションを務めることも多く、その渋い声は若い頃から変わらぬ魅力の一つでした。

本田博太郎の若い頃から現在まで

本田博太郎の若い頃から現在まで

デビューから40年以上のキャリア

本田博太郎さんは1975年から俳優として活動を始め、もうすでに40年以上のキャリアをお持ちです。劇団に所属しながら様々な職を務めていた時期もあり、なかなか芽が出ない苦労もされたそうです。一時期は俳優業を諦めようと思ったこともあったとか。

でも、1980年の「ただいま放課後」での大ブレイクをきっかけに、一気にスターダムを駆け上がりました。時代劇から現代劇、2時間ドラマから連続ドラマまで、本当に幅広いジャンルで活躍されているのがすごいですよね。

最近でも2022年のNHKドラマ「わげもん〜長崎通訳異聞〜」や、様々な映画作品に出演されていて、73歳になった今でも現役バリバリで活動されています。本当にお元気で何よりです。

家族を大切にする愛妻家としての一面

プライベートでは、本田博太郎さんは愛妻家としても知られています。健康で仕事ができるのは奥さんのおかげだと、インタビューなどで感謝の気持ちを語られることが多いそうです。息子さんの本田大輔さんも俳優として活躍していて、まさに芸能一家ですね。

若い頃から現在まで、一貫して真面目で努力家の本田さん。茨城県水戸市の出身で、9歳の時にお母さんを亡くし、男手一つで育てられたという経験が、今の人間性を形作っているのかもしれません。

書家としての顔もお持ちで、多才な方なんです。俳優業だけでなく、その渋い声を生かしたナレーションの仕事も多く、本当に多岐にわたって活躍されている素晴らしい俳優さんです。

まとめ

本田博太郎さんの若い頃の画像を調べてみて、本当に驚きました。現在の渋くて味のある俳優さんからは想像できないほど、若い頃はイケメンで端正な顔立ちをされていたんですね。目力の強さと彫りの深い顔立ちは今も昔も変わらず、息子さんの本田大輔さんにもしっかりと受け継がれています。

1980年の「ただいま放課後」でのドンガメ先生役、1981年の「必殺仕舞人」での殺し屋役など、若い頃の代表作を見ると、現在とは全く違う魅力があることがわかります。特に必殺シリーズでの黒装束姿は本当にかっこよくて、当時のファンが今でも愛し続けている理由がよくわかりました。

73歳になった現在も現役で活躍されている本田博太郎さん。若い頃のイケメンぶりから現在の渋い魅力まで、長年にわたって私たちを楽しませてくれる素晴らしい俳優さんですよね。これからもお元気で、たくさんの作品に出演していただきたいと思います。きっと多くの方が、若い頃の写真を見て新たな魅力を発見されたのではないでしょうか。

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