キングオブコント2021で優勝を果たし、今や大ブレイクを遂げた空気階段の鈴木もぐらさん。お笑い芸人としての活動だけでなく、プライベートな家族の話題でも注目を集めています。
特に気になるのが、鈴木もぐらさんの実家について。現在は東京都板橋区にあると言われていますが、果たして本当にお金持ちなのでしょうか?そして、なぜ出身地の千葉県から板橋区に移ったのか、その経緯も気になるところです。
今回は、鈴木もぐらさんの実家事情について詳しく調べてみました。板橋区の実家がお金持ちと言われる理由や、家族の生い立ち、地元千葉県との関係など、これまで明かされてきた情報をまとめてご紹介します。
正直、私も最初は「芸人さんの実家がお金持ち?」と疑問に思っていましたが、調べてみるとなかなか興味深い事実が見えてきました。ラジオやテレビでよく家族の話をされている鈴木もぐらさんだからこそ、実家の真実に迫っていきたいと思います。
鈴木もぐらの実家は板橋区西台?お金持ち説の真相とは
板橋区西台にある現在の実家
鈴木もぐらさんの現在の実家は、東京都板橋区西台にあることが分かっています。これは鈴木もぐらさん自身がラジオ番組などで公表している情報なんです。でも、元々は千葉県旭市の出身なので、なぜ板橋区に実家があるのか不思議ですよね。
実は、鈴木もぐらさんのお母さんが千葉県から板橋区に引っ越されたからなんです。鈴木もぐらさん自身も、2020年に妻子を北海道から呼び寄せる資金を貯めるため、高円寺のアパートから板橋区の実家に戻って住んでいた時期がありました。家賃がいらないのでそこでお金を貯めることにしたと本人も語っています。
板橋区西台という場所は、都営三田線の西台駅周辺のエリアです。決して高級住宅街というわけではありませんが、都内にしては比較的住みやすい住宅地として知られています。鈴木もぐらさんがここで母親や妹さんと一緒に住んでいたことも話題になりました。
実家がお金持ちと言われる理由を検証
「鈴木もぐらの実家がお金持ち」という噂が流れる理由について調べてみましたが、実際のところ、これは誤解のようです。むしろ、鈴木もぐらさんの家庭は決して裕福とは言えない環境だったことが分かっています。
鈴木もぐらさんの生い立ちを見ると、幼い頃は千葉県旭市で文化住宅に住んでいて、母親は2回の結婚と離婚を経験しています。最初の父親は飲み歩きやギャンブルで借金を重ねる人物で、2番目の父親も背中に唐獅子牡丹の刺青が入っているような方だったそうです。母子家庭で育った期間もあり、決して恵まれた経済環境ではなかったことが伺えます。
おそらく「お金持ち」という誤解が生まれるのは、相方の水川かたまりさんの実家が岡山で立派な家に住んでいることと混同されているのかもしれません。実際に番組で水川さんの実家が紹介された際、「大金持ちの家」「想像してた10倍ぐらい金持ち」と鈴木もぐらさんが驚いていたシーンもありました。
家族構成と複雑な生い立ち
鈴木もぐらさんの家族構成は、現在は母親、鈴木もぐらさん、そして父親違いの妹さん(通称「みーちゃん」)という3人です。この複雑な家族構成の背景には、母親の再婚と離婚の歴史があります。
鈴木もぐらさんは生まれた時の本名が「白鳥翔太」で、母親が離婚後に旧姓の「鈴木翔太」に変わり、再婚で「宇井翔太」になり、再び離婚で「鈴木翔太」に戻るという、人生で5回も苗字が変わったという珍しい経験をしています。現在は結婚して妻の苗字になっているそうですが、その苗字は非公開です。
妹さんは17歳で結婚して20歳で離婚したという話も公表されており、家族それぞれが複雑な人生を歩んでいることが分かります。でも、ラジオでの話を聞く限り、家族の関係は良好で、鈴木もぐらさんは家族をとても大切にしているようです。
鈴木もぐらの地元・千葉県旭市での幼少期
千葉県旭市での生い立ち
鈴木もぐらさんの本当の故郷は、千葉県旭市です。ここで幼少期から高校卒業まで過ごしていました。旭市は千葉県の東部にある海沿いの市で、人口約6万人ほどの比較的小さな街です。
幼少期の鈴木もぐらさんは、文化住宅で暮らしていたそうです。文化住宅というのは、戦後に建てられた比較的簡素な集合住宅のことで、決して裕福な住環境ではありませんでした。この頃から、家庭の経済状況は厳しかったことが伺えます。
小学校時代には、最初の父親にフィリピンパブに連れて行かれ、「おどるポンポコリン」を歌わされたというエピソードもあります。5歳の時に同伴したフィリピンパブでの思い出は、普通の家庭ではあり得ない体験ですよね。正直、聞いていてちょっと切ない気持ちになります。
旭市での学校生活と才能の芽生え
鈴木もぐらさんは地元の旭市立第二中学校に通い、卓球部で主将を務めていました。なんと県大会でベスト16に入るほどの腕前だったそうです!中学時代には、国体の強化試合でゲストの福原愛さんとも対戦したことがあり、その時の成績は0-11の惨敗だったそうですが、新聞にも載ったんだとか。
高校は千葉県立匝瑳(そうさ)高等学校に進学しました。この学校は偏差値61-62という、地元では有名な進学校です。俳優の地井武男さんも同校の出身なんですよ。鈴木もぐらさん、実はかなり頭が良かったんですね!
高校時代は銀杏BOYZの大ファンで、バイト代を貯めて全国のライブに通い詰めていたそうです。高校を休んで東北のライブツアーに参加するほどの熱狂ぶりで、峯田和伸さんに顔を覚えられ、一緒にホテルに泊まったこともあるんだとか。この頃から、エンターテイメントへの情熱が芽生えていたんですね。
地元での思い出と現在の関係
2025年には、鈴木もぐらさんが地元の千葉県旭市を訪れる番組も放送されました。「アンタの地元でバズツアー」という番組で、母校の旭市立第二中学校を訪問し、現在の女子卓球部員たちと新旧キャプテン対決を行ったんです。
番組では、鈴木もぐらさんが「個人的にバズった」思い出をもとに、自らツアー内容をプロデュースしていました。地元への愛着がとても感じられる内容で、視聴者からも好評だったようです。
現在は板橋区に実家がありますが、鈴木もぐらさんにとって千葉県旭市は特別な場所なんですね。キングオブコント優勝後には地元の市会議員からも祝福の電報をもらうなど、地元からも愛されている存在です。苦労の多い幼少期を過ごしたからこそ、地元への感謝の気持ちも人一倍強いのかもしれません。
まとめ
鈴木もぐらさんの実家について詳しく調べてみた結果、「板橋区のお金持ち」という噂は事実ではないことが分かりました。現在の実家は確かに板橋区西台にありますが、これは母親が千葉県から引っ越したためで、決して裕福な家庭環境ではありませんでした。
むしろ、幼少期は千葉県旭市の文化住宅で過ごし、母親の2度の結婚と離婚により、複雑な家庭環境で育ったことが明らかになっています。父親の借金問題や母子家庭での生活など、経済的に厳しい状況が続いていたようです。それでも鈴木もぐらさんは、家族との関係を大切にし、ラジオでも温かいエピソードを話されています。
地元千葉県旭市での学校生活では、卓球で県大会ベスト16に入るなど優秀な成績を残し、進学校である匝瑳高校でも学業に励んでいました。現在の成功は、そうした努力と家族の支えがあってこそなんですね。お金持ちかどうかよりも、家族の絆の深さこそが鈴木もぐらさんの魅力なのかもしれません。
